「私は中国を称賛したい」――テスラ追随の代償「1車種23億円」、格納式ドアハンドル規制が突きつける安全基準の構造転換
中国が示した安全重視
中国の自動車に対する評価は、かつて品質の低さや模倣の多さが指摘されるものだった。しかし現在は、中国が世界を先導する場面が増えている。その象徴が、今回示された格納式ドアハンドルの安全性向上に関する法規制である。中国が世界に先んじて安全を重視する方針を明確にし、その内容も実務上の課題に踏み込んだものとなっている。
【画像】「えぇぇぇ!」 これが日産自動車の「平均年収」です!(5枚)
中国の工業情報化省は2026年1月26日に、強制性国家標準「自動車ドアハンドル安全技術要求(GB 48001-2026)」を公布した。このルールは、電気自動車(EV)で広がった格納式ドアハンドルにともなう危険を抑えることを目的としている。2027年1月1日以降に中国で販売される車両は、この基準を守る必要がある。
格納式ドアハンドルは、緊急時に素早く開けにくい点が問題視されており、死亡事故につながる恐れがあるとして、これまでも各国で懸念が示されてきた。
規制の主な内容は、後部ドアを除く車外および車内のハンドルについて一定の条件を満たすことを求めている。まず、すべてのドアに手で直接操作できる機械式のハンドルを備える必要がある。事故や電源喪失の状況でも物理的に動作する構造であることが求められる。
車外のハンドルは枠の近くに配置し、手を差し入れやすい隙間を確保することが必要となる。車内のハンドルについては、乗員がすぐに見つけられる機械式とし、ドア上端や縁から300mm以内に設置することが求められる。加えて、操作方法を示す中国語表示や図、識別用の記号を付すことも義務づけられている。
この基準は、格納式そのものを直接禁じているわけではない。しかし、機械式と格納式の両方を併用する意義は小さく、実質的には使用が難しくなる内容である。テスラや比亜迪(BYD)、日産など多くのメーカーが格納式を採用しているが、この規制を受けて中国市場向けの車両仕様は見直しを迫られることになる。
こうした動きは、中国が自国の大きな市場を背景に、業界の基準づくりに関与する立場へと移っていることを示している。見た目の先進性よりも、確実に機能する方法を重視する流れが強まっている。草案の段階から公布までが約半年と短期間で進んだ点も、事故防止に向けた姿勢の強さを示すものとして
「称賛に値する」
といえる。
重大な事故事例

自動車(画像:Pexels)
格納式ドアハンドルがこれほど問題視されている背景には、中国や米国で発生した死亡事故がある。
この機構を広く広めたのは米国のテスラで、多くの車種に採用されている。表面をなめらかにすることで外観を整え、先進的な印象を与える狙いがあった。また、空気抵抗を小さくすることで走行距離を伸ばしたいEVにとって、この形状は効率面でも都合がよかった。テスラが市場の中心的な存在となったことで他社も追随し、米国に限らず中国や欧州でも採用車種が増えた。
その一方で、深刻な事故が相次いでいる。2019年にフロリダ州で発生したテスラ「モデルS」の衝突事故では、衝突の影響で火災が起きた。救助にあたった警察官や通行人がドアを開けようとしたが、ハンドルが作動せず、最終的に運転者は亡くなった。この事故以降、車内に閉じ込められる事例をめぐる訴えが続いているのだ。
中国でも同様の事態が起きている。2024年4月にはAITO(ファーウェイ)の「M7 plus」が追突事故を起こし、火災の中でドアが開かず3人が死亡した。さらに2025年にはシャオミ製のEVでも、3月と10月に死亡事故が続き、この機構の課題がはっきりした。中国政府が規制に動いたことで、一般の間でもこの構造の危うさが意識され始めている。
これらの事故は、電子制御に頼りすぎたことの影響が大きい。緊急時に救助者がハンドルの操作方法を直感的に理解できない点は、救助を妨げる重大な問題である。利用者の意識も、見た目の良さよりも、非常時に確実に動くことを重視する方向に変わりつつある。
車を個人の嗜好品としてではなく、人の移動を支える手段として捉える見方が求められている。日本では同様の事故はまだ目立っていないが、国内メーカーの採用も増え、輸入EVの普及も進んでいるため、日本の利用者にとっても無関係ではない。
ドアハンドル市場への急ブレーキ

自動車(画像:Pexels)
格納式ドアハンドルの規制は、安全を重視すれば避けにくい判断だが、関連する市場には大きな影響が出る。これまでこの機構は、先進的な外観と使いやすさの両面から需要が広がると見られてきた。
調査会社の見通しでは、2023年時点で2024年から2033年にかけて市場規模は12億ドルから25億ドル(3973億円)へ拡大し、年ごとの伸び率も10%から15%程度に達するとされていた。成長が期待される分野だったが、中国の規制により、関係企業は方針の見直しを迫られ、先行きの見通しは不透明になっている。
部品メーカーは成長分野として量産を急いできた。自動車ロックシステム大手のアルファ(神奈川県横浜市)は、2023年に量産を表明し、2026年の開始を目指していた。付加価値の高い製品を投入して売上を伸ばす計画だったが、この方針も修正が必要になる。すでに投じた開発費が回収できない損失になる可能性もある。今後は、機械的な構造と電動機能の両方を備えた複雑な部品を安定して供給できるかが、事業を続ける上での重要な条件となる。
完成車メーカーにとっても、規制に合わせて車両の仕様を変更する負担は小さくない。ブルームバーグによれば、中国のEVメーカーの関係者は、対応費用が1車種あたり
「1億元(23億円)」
に達すると述べている。この水準の負担は、資金力の乏しい新興企業にとって収益を圧迫し、市場からの撤退につながるおそれがある。
今回の規制は中国市場向けのものだが、安全への要求は世界的に高まっており、同様の機構を採用する各社は、国を問わず車両の構成を見直す必要に直面する可能性が高い。
米国でも遠からず規制される見込み

格納式ドアハンドルの安全新基準。
ドアハンドルの規制は中国にとどまらず、米国でも検討段階に入っている。テスラの事故を受け、米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)は調査を開始した。対象はテスラ「モデル3」の2022年モデルで、緊急時にドアを開けにくいという利用者の声が背景にある。問題が確認されれば、約18万台の大規模な回収(リコール)に発展する可能性が高い。
テスラ車には電子機能が停止した際の手動レバーが備わっているが、目立ちにくい位置にあるため、外から救助する際に支障が出る。こうした使い勝手の不備は、衝突時の生存に関わる重要な問題である。
米国議会では、安全に車外へ出ることを目的とした「SAFE Exit Act」という法案が2026年2月に提出された。車内に手動レバーを備えることや、車外から車内へ入る手段を確保することを求める内容である。中国の規制と同様に、格納式を直接禁じるものではないが、結果としてこの機構は使われにくくなる見通しだ。
法案が成立し、中国と米国という大きな市場で基準がそろえば、世界全体で車両の仕様が共通化に向かう。地域ごとに仕様を変えると生産効率が下がるため、各メーカーは最も厳しい基準に合わせて車両を用意することになる。
この動きは、これまで外観の良さとされてきた要素が、
「緊急時に確実に使えるかどうか」
へと重視が移っていることを示している。見た目の先進性よりも、実際の場面で機能するかどうかが重んじられるようになっている。中国による制度の整備は、世界の基準づくりに大きな影響を与えている。同様の安全基準は、日本でも早い段階で検討する必要があるだろう。