「藻は地球を救う」大企業を束ねて産業再設計に挑むバイオベンチャーの知財戦略

藤田朋宏代表取締役CEO。神奈川県にあるちとせ研究所の本社研究所内でもリアクターによって培養された藻類を使い、日々研究が行われている。

知財戦略というと、多くの企業では「特許を出願して自社の製品やサービスを守る」という話に収れんしがちだ。主力製品の動向に自社の経営が大きな影響を受ける中小企業やスタートアップにとっては、なおさらである。だが、微生物の改良・培養という領域では、特許にすることでむしろ弱くなる技術もある。ちとせ研究所は、食品・化学・医薬などの大企業を裏側で支えるBtoBの研究開発企業だ。守秘を前提に“裏方”として生きてきたベンチャーが、なぜ「オープンに人を巻き込みながら、知財を守り、共同研究を回す」プロジェクトを設計できたのか。「MATSURI」を手がかりに、藤田朋宏代表取締役CEOに知財のリアルを聞いた。(取材・文・撮影 嶺竜一)

石油は何億年分の「太陽エネルギーの前借り」

地下資源の枯渇を見据えて何をなすべきか

――ちとせ研究所はどのような会社ですか。

藤田 2002年に創業した主に微生物を取り扱う研究開発型のバイオベンチャーが前身です。私が経営を引き継いだ2006年以来、現在の「ちとせグループ」の基盤となる体制を築き、食品から化学品、医薬品まで、世の中の多数の企業が使っている微生物を裏側で支えています。現在の従業員は300人以上で、そのうち約200人が研究員です。

 基本的にはBtoBで、企業の裏方として技術供与をしています。何をやっているかはほとんどが取引先との守秘義務によりオープンにできない内容ですので、外からは実態の見えにくい会社だと思います。

――なるほど。メインとなるBtoB事業が公にされていないということですが、その半面、ちとせ研究所はマレーシアで大規模な藻類の培養生産を行っていることで注目を集めています。なぜ藻類の培養に取り組んでいるのでしょうか。

藤田 BtoBのビジネスとは他に、私たちは以前から藻の研究に取り組んできました。その結果、産業化に適した非常にいい藻の開発に成功したため、自社事業としてスタートさせました。なぜ藻の研究をしていたのか。そこには資源問題への意識がありました。

 石油がなくなるという話は昔からありますよね。僕が子どもの頃も「あと40年でなくなる」と言われていましたし、今も同じようなことが言われています。

 しかし、実際には埋蔵量としてはまだある。ただ、確実に掘るためのコストは上がっているし、質のいい油は減っている。つまり「簡単には採れない」方向に向かっているのは間違いないと思っています。

 本質的な問題は別にあります。石油や石炭は、もともとバイオマスなんです。つまり光合成によって固定された炭素が、何億年もかけて地中に蓄積されたものです。地球が浴びた太陽エネルギーを、長い時間をかけてため込んだ“貯金”みたいなものですね。

 それを人類は、ここ150年ほどで一気に掘り起こして燃やしている。何十億年分の太陽エネルギーの蓄積を、たった百数十年で消費しているわけです。だからこそ、これだけの人口増加と産業拡大が可能になった。

 社会がここまで拡大できたのは、その巨大なエネルギーの“前借り”があったからです。でも、これは当然続かない。

――確かに、「いつ」というのは不確定ですが、化石資源が枯渇することは確実と言われています。

藤田 では、石油が枯渇したらどうなるのか。単に燃料がなくなるという話ではありません。石油はエネルギーであると同時に、化学産業の原料です。プラスチック、合成繊維、塗料、医薬品の中間体、ありとあらゆるものが石油由来です。

 つまり地下資源が枯渇するということは、現代の産業構造そのものを組み替えなければならないということです。

 そこで考えなければいけないのが、「そもそもバイオマスはどこから来るのか」という問いです。それは光合成です。

なぜ「藻」なのか――産業構造を変えるには

「過去の貯金」ではなく「現在の藻」を使うしかない

 地球はもともと二酸化炭素が非常に多い環境でした。そこに現れたのが、光合成を行う微生物、つまり藻類です。彼らが何十億年もかけて二酸化炭素を吸収し、酸素を放出し続けた。その結果、大気中の酸素濃度が上がり、酸素を吸って生きる生物が出現し、やがて陸上に生命が進出した。

 藻が地球の大気組成を変え、生命の進化の方向を変えたと言ってもいい。

 そして、その藻が固定した炭素が地中に堆積し、やがて石炭や石油になった。つまり、今私たちが燃やしている地下資源は、遠い過去の藻の活動の結果なんです。

 私たちは今、その「過去の貯金」を切り崩して社会を回していますが、それでは持続しません。ですから、「現在の藻」の光合成の力を活用し、リアルタイムで循環する仕組みを作るしかないと考えたのです。 

 植物も光合成をしますが、藻は単位面積当たりの生産性が圧倒的に高い。森林よりも、トウモロコシよりも、はるかに高い光合成効率を持っています。

 しかも、土を必要としない。地球上で農業に適した土地は10%程度しかありませんが、藻は農業適地でなくても生産できる。水を大量に使うイメージがあるかと思いますが、その水は循環させられるので、使用量はむしろ農業よりも抑えられます。

 つまり、土地制約と水制約を受けにくい形で、太陽エネルギーを直接炭素に変換できる仕組みが「藻」なのです。

 実は、藻類を培養して物質やエネルギーを取り出す試みは我々が最初に始めたことではありません。戦時中の日本でも研究されていましたし、アメリカでも何度もブームが起き、多数の藻類ベンチャーが挑戦しました。

 しかし、技術的・経済的な壁を越えられずに多くのベンチャーが消えていきました。

高コストの無菌培養ではなく

生態系として藻の培養を管理する

――その壁を越えられると?

藤田 これまで失敗してきた理由の一つは、藻の培養を「無菌でやろう」としたことです。

 当社は藻を無菌状態で管理することなく、屋外で開放系のビニールバッグで育てています。藻を育てる容器の上部は閉じていないため、どんどん他の藻や雑菌が入ってきます。

 かつてアメリカで失敗した藻類のベンチャーは、藻類の培養において雑菌を徹底して排除しようとしたために、設備投資や運用コストがどんどん膨らんでしまいました。

 我々は逆に「他の藻や雑菌が入ったっていいじゃないか」と考えました。たとえ異物が入ったとしても、我々が目的としている藻が、目的のスピードで増えていればそれでいい。いわば生態系として管理する設計にしたことで、問題を解決したのです。

 実はこの発想自体が、東洋的な思想に根付いたものであったようです。当初、欧米のベンチャーには全く理解されないばかりか「そんなことは不可能だ!」と思われていた。ところが、実際に我々はこの方法で成功しているわけですから、かなりの衝撃だったと思いますよ。

「環境に良い」事業をやるなら

2000ヘクタールが産業の最小単位

――そして今や「藻」の研究において、ちとせ研究所が中核となり、多数の企業が参加する「MATSURI」というコンソーシアムを作っています。その内容を教えていただけますか。

藤田 MATSURIは、2021年に藻類産業の構築を目指してスタートした取り組みです。当社は現在5ヘクタールで年間70トンの藻類バイオマスの生産に成功しましたが、この規模はあくまでも実験レベルで、産業にはならない。

ちとせグループが本格稼働させた、マレーシアのサラワク州にある5ヘクタールの藻類生産施設

――2030年には、2000ヘクタールで年間14万トンの規模に拡大する計画とされていますが、それはなぜでしょうか。

藤田 実はLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点で言えば、現在の規模は建設時の資材投入やエネルギー投入の比率が高くなってしまうため、CO2排出量が上回っている。正直に言えば、5ヘクタールでは「環境にいい」とは言えないのです。

 そもそも藻類の培養には大きく分けて光合成で増やす独立栄養方式と糖を与えて増やす従属栄養方式の2つがあります。我々が光合成にこだわって栽培しているのは、藻を糖で育てる方式にはコストだけでなく環境価値に大きな課題があると考えているからです。

 藻を育てるため、まず作物を育てる。そこに大量の水や農地が使われるだけでなく、人間の食糧との競合という課題もあります。さらに糖を精製して藻に食べさせるという変換を行います。そのたびに多くの二酸化炭素が排出されます。

(画像提供:ちとせグループ)

 確かに藻類は糖を与えれば比較的簡単に育ちますが、環境という観点から見れば本質的とはいえないのではないでしょうか。

 我々が2000ヘクタールで14万トン生産することを目標ではなく、藻による産業転換を行うための最小限の運用条件としているのも、藻の生産を事業として成立させるため、そしてLCAの観点で十分に「環境にいい」といえる状態を作るという目的で試算した結果なのです。

 藻から生まれるさまざまなアイテムを効率的に製品化し、環境にも経済にもプラスとなる状況で活用するにはそれだけの広さが必要となる。

 2000ヘクタールは4.5km四方の正方形くらいの面積ですが、非常に大規模ですし、およそ2000億円の投資が必要になる。当社1社ではその資金調達はとても難しい。

 資金面だけではありません。2000ヘクタールで生産された14万トンの藻から生まれる油や成分は、ジェット燃料、樹脂、塗料、食品素材など、余すところなく使う構造にしなければ成立しません。そのため最初から複数の産業プレーヤーを巻き込む必要があったのです。

128社が動く実働型コンソーシアム

「MATSURI」が描く未来

 当初は、エネルギー、化学、食品、化粧品メーカーなど、藻を原料として使用することに興味がありそうな多数の企業に「藻由来の原料を一緒に開発していきませんか」と声をかけていきました。

 もちろん先ほど述べたサステナビリティーの意義も伝えました。その結果、参加企業それぞれが自社の事業として藻由来の製品化を目指す、共同開発の集合体ともいえる「MATSURI」ができたのです。

 背景には企業の社会的な責任として「地球環境のために何かしなきゃいけない」という空気がありました。バイオ、サーキュラーエコノミー、SDGs、CO2削減。日本の大企業はほとんど何らかの環境問題に取り組んではいますが、「果たしてこのままでいいのだろうか」という漠然とした問題意識が根底にあったのだと思います。

 そうした企業が賛同してこのコンソーシアムができたわけです。みんなで2000ヘクタールのサプライチェーンを構築してからプロジェクトをスタートしたともいえるでしょう。

 MATSURIには現在128社が参加していますが、単に名を連ねているわけではありません。年間30件から50件程度の個別の研究開発プロジェクトが動いています。

 また定期的に勉強会などを開催することで、参加企業同士の連携も生まれ、藻類にとどまらず、新たな分野においてもさまざまな研究プロジェクトが生まれています。

 

MATSURIのOPEN・CLOSED戦略(画像提供:ちとせグループ)

知財の核心は「線引き」にある

2軸で整理しながら個々に対応

――ちとせ研究所の知財戦略の核心を教えてください。

藤田 特許にするしないを、発明の性質とビジネスモデルに鑑みながら、1個ずつ決めていくことです。一番重要なことは「線引き」です。

 そもそも特許にすると公知になってしまうため、模倣されるリスクがある。特許庁が取り締まってくれるわけではないですから、たとえ怪しいと思ったケースがあっても自分で証拠を探して訴え出なければいけません。

 ですから、何の技術のどの部分を公知にするのかについては、すごく考えないといけない。

 誰にも知られたくない技術は、特許化しないことで守る。その一方で、特許で守っていない技術には誰も投資してくれないですし、取引の相手も「その技術は本当に守られているのか」と不安になるかもしれない。ですから、どこを公知にするべきなのかの線引きについては、すごく考えています。

 それに加えて共同研究になると、相手の要件や組織事情といったものが加わってくるので、単純な理屈だけで決められないことも多い。

 一つずつ相手の担当者とすり合わせをしながら、最終的なビジネスモデルから逆算して、知財の種類ごとに状況を整理し、発明ごとにどうするのかを決めていくしかない。簡単に「こうです」と言える話ではないです。

――知財にも複数の戦略が必要というわけですね。どういう分類で考えているのでしょう。

藤田 大きく言うと、軸が2つあります。

 一つ目は、「我々単独」なのか、「共同開発の結果」なのか、「パートナー企業の技術を使わせてもらっている」のかといった軸。

藤田朋宏代表取締役CEO

 もう一つの軸は、知財の“タイプ”です。例えば、培養設備のような装置の特許、藻を加工する設備の特許、油を取る精製加工の特許といったハード寄りのもの。もう一つは、肥料成分をどういう形状で、どのくらいの頻度でどうやって入れて、どう収穫するかといった運用方法の発明、いわゆるノウハウ寄りのもの。さらにセンサーやデータ処理、解析などソフトウエア的な知的財産もある。

 この2軸の組み合わせで、「ここは特許にする」「ここは出さない」「ここは共同なので相手企業と調整する必要がある」という判断を、ケース・バイ・ケースで1個ずつやっています。

企業組織において知財部門は

戦略部門のトップにいるべき

――ちとせ研究所の知財部門の体制はどうなっていますか。

藤田 知財部門のトップは代表取締役COO(最高執行責任者)の釘宮理恵です。彼女の直下で、藻類、細胞、菌株などといった分野ごとの責任者が知財担当を務めている。事業の責任者が知財を担当しないと、「これは出願する」「これは出さない」といった判断ができないからです。

 研究者が「これはいい発明なので特許を書いてください」と言って、法務部が言われた通りに手続きをするといったことはあり得ません。研究開発型ベンチャーである当社の知財部門は、戦略部門のトップに近い位置付けにしないと回らないですね。

――BtoBビジネスでの守秘義務を厳密に運用してきたことが、MATSURIの信用につながった部分もありますか。

藤田 そうですね。冒頭にも話したように、当社は多数のクライアントと共同研究を行ってきました。共同研究をするには、先方が極秘とするコア技術を聞かなければなりません。ですから、守秘と知財については特に精緻にやってきた経験値と信頼関係があります。

 逆に言うと「ちとせ研究所はきちんと秘密を守る」「ベンチャーだが知財管理の水準が高い」という信用があったからこそ、MATSURIにも最初から三井化学や三菱ケミカルといった大手企業に入ってもらえた面はあると思います。

「次の時代」を生み出すために

産業構造を設計し直す

――最後に、MATSURIの将来展望を教えてください。

藤田 先ほども申し上げたように、今やMATSURIの対象は藻類だけではありません。年間で数十件の個別プロジェクトが動き、現在は微生物を基盤とした循環型農業、未利用有機廃棄物の資源化、センサーやAIを活用したバイオプロセス管理などへと広がっています。

研究所内で培養されるさまざまな種類の藻類

 例えば、食品加工工場から出る有機廃液や農業残渣を資源と捉え、微生物で処理して農業へ循環させる取り組みは、すでに事業として拡大フェーズに入っています。藻よりも一足早く、東南アジア各国のマーケットで売り上げを伴いながら広がっている分野です。

 また、培養管理やプロセス制御に関するAI・センサー技術も、今後の基盤になります。大量生産を前提としたバイオ産業では、データ管理と最適化が不可欠だからです。

 MATSURIは単なる藻のコンソーシアムではなく、微生物を基盤とした新しい産業構造を設計するプラットフォームへと進化しつつあります。

 最終的に目指しているのは、「石油に依存しない産業構造をどう設計し直すか」という問いへの一つの解です。

「2000ヘクタールを成立させる。その単位を複製可能にする。そして微生物を基盤にした循環型の産業を拡張していく」

 MATSURIはそのための仕組みです。成功するかどうかは、正直まだ分かりませんが、産業を設計し直すという発想なしには、次の時代は来ないと思っています。