元ゴールドマン・サックスで26歳の女性は、ケーキ職人になった。「ウォール街のスキルはいまのビジネスにも役立っている」

アリソン・シーハンさんは自身のビジネスを拡大するため、ゴールドマン・サックスを辞めた。

  • アリソン・シーハン(Allison Sheehan)さんは、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のプライベートウェルス部門に勤務しながら、製菓ビジネスを運営していた。
  • 彼女は、副業としてそのオンラインブランドを続けることは認められないとゴールドマンから告げられ、同社を退職したと語る。
  • 現在、彼女はウォール街で身につけた資本配分をはじめとするスキルを活かし、ビジネスを拡大している。

これは、アリソン・シーハン(Allison Sheehan)さん(26歳)との対話をもとに構成した記事だ。彼女はゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のプライベート・ウェルス部門の元アナリストで、現在はノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に在学しながら自身の製菓ブランド「アリーキャット(Alleycat)」を手掛けている。Business Insiderは、彼女のゴールドマンでの職歴と現在大学院に在籍している事実を確認済みだ。文章は長さと読みやすさを考慮して編集している。

お菓子づくりはもともと、大学時代の趣味として始まった。最初は女子学生社交クラブの仲間のために焼いていたが、その評判が口コミで広がり、学外のダラスの街の人たちにも焼くようになった。ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)に入社し、ユタ州にあるオペレーション(バックオフィス)部門に配属されてからは、お菓子づくりを完全にやめてしまった。だが、いつか自分の「ケーキ帝国」を築きたいという思いは消えなかった。ユタ州には家族も友人もおらず、何の縁もなかったため、とにかくニューヨークに異動することだけを目標に仕事に全力を注いだ。

その後、私はついにニューヨークのウェルス・マネジメント部門に異動した。口座開設や資産管理のためのオペレーション業務もあったが、同時に顧客対応業務もあった。私はクライアントと直接関わるその業務が大好きだった。

ニューヨークに到着するとすぐに、当時約500人のフォロワーがいたお菓子づくりのSNSアカウントを再開し、活動を再開したことを告知した。注文は増えたが、すべてに対応する時間がなかったため、「週に3個まで」という上限を設け、希少性を高めるビジネスモデルを採用した。それから約6カ月間、毎週完売の状態が続き、最終的には週10個まで引き上げた。

シーハンさんはSNSで「製菓ビジネス」の歩みを記録し続けてきた。

すべてのスケジュールをこなすことに限界を感じ始めたのはこの頃だ。しかし、俳優グウィネス・パルトロウが創業したグープ(Goop)のような企業や高級ファッションブランド向けにもケーキをつくるようになり、実績は着実に積み上がってきていた。

典型的な1日は、朝5時に起きてケーキにクリームを塗って仕上げ、ジムに行き、出社して仕事をし、帰宅後にまたケーキを焼いて、友人と夕食に行き、そして眠りにつくというものだった。空き時間はすべて、クライアントへの請求書作成や動画の編集に費やした。

2023年には、友人の恋人から「investment__baker」というアカウント名で投稿してはどうかと提案され、そのアイデアを採用した。ただ、自分がどこで働いているかや正確な職種については一切触れないよう細心の注意を払っていた。

ゴールドマンで学んだ貴重なスキル

ゴールドマンの「ハッスル文化」——失敗が許されないプレッシャーの中で猛烈に働く企業文化——は、私のブランドの構築に役立った。そこでは迅速な対応力、コミュニケーション能力、そして正確性が求められたが、これらはすべて、いまもこのビジネスで日々使っているスキルだ。常に情報を素早くメモにまとめ、懸念事項があればすぐに食材・資材のメーカーや仕入先に共有するようにしている。コミュニケーションの面では、食品科学の専門家から、よりクリエイティブな思考を持つブランドデザイナーまで、サプライチェーン全体の人々をつなぐ橋渡し役をすることもできる。そして正確性については、カカオ豆のような価格変動の激しい原材料であっても、そのコストや利益率を厳密に管理している。

ウェルスマネジメント部門では、顧客のポートフォリオのバランスを保ち、支出計画を立てる手助けをすることを通し、資本配分について多くを学んだ。しかし、それと同じくらい、自分自身の失敗からも多くを学んだ。

注文が増え始めたのを機に、私はケーキを焼いたり、ワークショップを開いたりするためにニューヨークのロウアー・イースト・サイドにある業務用キッチンを借りた。これによって、作業場所などの物理的な問題は解決できたが、銀行口座の資金はみるみる減っていった。お菓子づくりで稼いだお金はすべて家賃に消え、最終的には自分のアパートに戻らざるを得なくなった。破産寸前まで追い込まれたことを考えれば、私の資本配分戦略は間違いなく良いものではなかった。

ゴールドマンからの最後通告

その時点で、私は自分のビジネスに全力を注ぐ必要があると悟り、ビジネススクールを受験することに決めた。しかし、仕事とビジネスを掛け持ちしながらGRE(アメリカの大学院入学資格試験)の勉強をすることは、体力的に持続不可能だった。

健康状態は悪化し、職場でパニック発作を起こして倒れ、非常に理解ある上司のバイスプレジデントの前で泣き崩れてしまった。私はウィスコンシン州の実家に戻ってそこで2週間過ごした。すべてのSNSアカウントを閉鎖し、急ブレーキをかけるように突然、ブランド活動を停止した。

半年後にアカウントを再開したときには、フォロワーが2000人減り、DMもほとんど来なくなっていた。それでも勢いはすぐに戻ってきた。だが、そこで事態は急転した。ゴールドマンのコンプライアンス部門に呼び出され、「SNSのコンテンツをすべて削除するか、会社を辞めるか」どちらか選ぶよう迫られたのだ。SNSアカウント名に入っている「investment(投資)」という言葉が、私の仕事をほのめかしていると指摘され、すべてを削除しなければならなかった。数カ月後にビジネススクールの面接を終えたあと、私はアーカイブしていた全コンテンツを再公開すると、再び呼び出された。そして、私は退職を選んだ。

このビジネスに注ぎ込んだ5年間の時間と労力を、無駄にするわけにはいかなかったからだ。

シーハンさんは、資本配分の経験が現在の財務管理に役立っていると語る。

ゴールドマンでの経験はいまも役立っている

私はオーダーメイドのケーキビジネスを縮小し、消費者向けのパッケージ商品の開発に力を注いでいる。具体的には、水や卵をまぜるだけのドライ・ケーキミックス粉や、瓶からすくってそのまま使えるタイプのフロスティング(バタークリームのような濃厚なクリーム)などだ。レシピの配合はすでに完成し、サプライヤーも確保し、栄養成分表示ラベルの認可も取得した。しかし、委託先の製造事業者(メーカー)探しにはまだ苦戦している。

小規模ブランドは、自分たちが「投資する価値のある存在だ」とメーカー側を納得させなければならない。メーカーの立場からすれば、すぐに潰れるかもしれないInstagram発の無名のケーキ職人のために、わざわざ時間を割く理由などないからだ。

ここで活きてくるのが、ゴールドマンでの経験だ。見栄えのするプレゼン資料の作成や予算管理のスキルはもちろんのこと、あの名門企業での経歴そのものが、私に社会的信用をもたらしてくれる。ゴールドマンで働いていたことは私の誇りであり、商談の場でもよく話題に上るため、プレゼン資料にも必ず記載している。また、ゴールドマンでの経歴はオンライン上の私自身のブランドイメージにとって重要な意味を持っている。私はいまでも「investment baker(投資家ケーキ職人)」として投稿を続けており、投資に関するアドバイスも発信しているからだ。

現在の収入はゴールドマン時代のそれに比べれば、ほんのわずかに過ぎない。しかし、私は根っからのクリエイター気質の持ち主だ。一生デスクに向かって過ごすことなど到底できなかった。起業した当初の目標は、セレブに自分のケーキをつくることだった。それはすでに、俳優のブルック・シールズさんをはじめ、何度も達成した。いまの目標は、家庭でのお菓子づくり文化を復活させ、スーパーの食料品の棚に革命を起こすことだ。