開始半年で大失速の「NHK ONE」、65億円のオンデマンド収入を守るより受信料で過去番組を全解放するべき"当然の帰結"
NHKは4月14日、新しいネットサービス「NHK ONE」開始から半年の現状と今後についての説明会を開いた。そこで公表されたNHK ONEのアカウント数は、2026年3月末時点で362万件だった。この数字は、はたして成功なのか。
【写真あり】「アカウント数360万件」と題された意気揚々のプレスリリース、でも深掘りしてみると?
このサービスは、改正放送法によってネット配信が「必須業務」となり、これまで複数に分かれていたNHKのネット系サービスをひとつに束ねたものだ。昨年10月のサービス開始直後、一部のメールアドレスに認証コードが届かないという不具合が発生し、SNSは怒りの声であふれた。
その様子は、昨年10月3日に配信した「SNSでは『どんだけポンコツなん?』と怒り心頭、新サービス《NHK ONE》がスタート当日に生み出した阿鼻叫喚の“意外すぎる顛末”」で解説している。大事なスタートダッシュを自ら台無しにする、なんとも残念な幕開けだった。
開始半年で前身サービスの半分程度の契約者数

「NHK ONE」の登録アカウントが360万件を超えたことを知らせるNHKのリリース(写真:編集部撮影)
だが、アカウント登録問題をなんとか乗り切り、サービス開始から2週間が経過した時点では163万件のアカウントを獲得。まずまずの滑り出しとなった。しかし、その後は登録ペースは鈍化し、半年で362万件にとどまった。
従来の旧「NHKプラス」は、25年9月末時点でID数が約668万件に上っていた。つまりNHK ONEは、半年かけても前身サービスの半分程度しか取り込めていないことになる。
なぜこうなったのか。最大の原因は、スタート直後の混乱だろう。
旧サービスから新サービスへの切り替えは、移行期間なしで一斉に行われ、メールを送って認証コードを受け取るという複雑な手続きが必要だったため、既存ユーザーにとっての障壁が高かった。認証コードが届かず、登録が完了しなかった人は多いとみられる。
私も最初のつまずきで嫌気がさした。受信料は払っているし、旧NHKプラスにも登録していたのに、なぜそのまま移行できないのか。「面倒くさい」と感じた時点で人は離れる。ネットサービスはそういうものだ。
362万件という数字は、半年でゼロから積み上げたという意味では評価していい。ただ、NHKは25年度中のネットのみの受信料収入を「年間1万件・約1億円」と見込んでいたが、この目標が達成できたかは不明だ。
「NODとの連携」よりもやるべきこと
NHKがネットで受信料を本格的に稼ごうとするなら、今のサービス内容のままでは難しい。それはなぜか。
今回の説明会で、NHKはNHK ONEとNHKオンデマンド(NOD)の「連携強化」を打ち出した。NHK ONEでの見逃し配信が終了した番組については、NHK ONEのサイトからNODの番組ページへ移動できるリンクをつける、というものだ。
これは「連携」ではなく「送客」だ。

「NHKオンデマンド」では約2万2000本のアーカイブを配信している(画像:NHKオンデマンドのホームページより)
NODは08年にスタートし、今年で足かけ19年サービスを展開してきた。大河ドラマ、連続テレビ小説、NHKスペシャルなど、約2万2000本のアーカイブを配信している。
単品でも購入できるが、月額990円の「まるごと見放題パック」はコンテンツの充実度という点では悪くない。会員登録者数は379万人に上り、年間売上高は65億円(24年度)規模にまで成長した。
ただ、だからこそ引っかかる。NODは「受信料で制作された番組」を、受信料を支払っているユーザーから「改めて別料金で視聴料を取る」サービスだ。
08年のサービス開始当初、この構造には一応の道理があった。当時は「オンデマンド配信」という概念自体が新しく、配信ごとの著作権処理コストも膨大で、しかも動画配信サービスという業態に対応した放送法上の規定もなかった。受信料と切り離して別会計で運営することが、使わない人への公平性を担保する条件だった。
だが、昨年にNHK ONEが始まり、ネット配信はNHKの「必須業務」になった。受信料でネットサービスを提供することが法的にも認められた。その状況で、同じく受信料を財源に制作された番組のアーカイブだけを有料のまま切り離しておく理由は、もはや薄い。
「連携」は方向性が違うのではないか。NHK ONE契約者にNODのアーカイブを無料で開放するのが筋ではないか。
小さな収入は捨ててNHK ONEの利便性を高めよ

2024年度の受信料収入は約5901億円で、前年度から426億円減。NHKは対応に追われている(写真:アフロ)
NHKは今、受信料収入減少への対応に追われている。24年度の受信料収入は約5901億円で、前年度から426億円減った。契約総数は約4067万件、支払率は78%だ。
こういう状況だから、NHKの経営陣は少しでも収入を増やしたいと思っているはずだ。サービス開始から18年が経過したNODは、登録者数379万人、年間収入65億円を稼いでいる。NHKとしては、これを100億円に伸ばしたいだろう。NHK ONEとの「連携」にはその意図が透けて見える。
そこだけ取るとわからなくもない。だが、長期的に見ると誤りだと思われる。
NHK ONEとNODを実質的に統合し、2万2000本のアーカイブをNHK ONE契約者なら追加料金なしで見られるようにする。放送中の番組も過去のアーカイブも、受信料1つで全部見られる。これが実現したとき、NHK ONEの意義が大きく変わる。
過去の大河ドラマや朝ドラが視聴できる。NHKスペシャルの膨大な歴史が見られる。受信料月1100円で、これだけのSVOD(定額制動画配信)サービスが利用できる。
私は「映像の世紀 バタフライエフェクト」が大好きで全回録画してあるが、ハードディスクのかなりの容量を占めてしまう。膨大な数で、見たい過去回を探し出すのも大変だ。もし、いつでも好きな回をオンデマンドで視聴できるなら、受信料は安いものだ。
さらに、テレビを持たない若い世代が「NHK ONE、契約してもいいかな」と思い始める糸口になる。SVODは1つでも強く見たい番組がシリーズであれば、契約の強いモチベーションになる。「推し」のタレントがレギュラーで出演している番組を見るために、ネットでNHKに契約するニーズも生まれるだろう。
NODの65億円という売上高を少し伸ばすために利便性を低く保つのか、それを捨ててNHK ONEの価値を大幅に高めてネット契約を大きく伸ばすのか。長期的な経営判断としては、明らかに後者が正しいと思う。
もちろん、放送法上の制約はある。NODは「任意業務」として「受信料収入から支出しない」ことが条件になっており、これを変えるには放送法の再改正が必要だ。著作権の再処理という膨大な作業も待っている。簡単ではないが、やるべきだと考える。
今の経営陣は目先の受信料収入の減少で頭がいっぱいだろう。だが経営とは、短期の収入を守るために長期の価値を毀損していないか、つねに問い続けることが仕事のはずだ。NODの65億円を守りながらNHK ONEが伸びない状況が続けば、どちらも中途半端なまま共倒れになりかねない。
会長以下の執行部は自分たちの任期中の責任で手いっぱい。そうであれば、執行部を監督する経営委員会マターかもしれない。
いまの決断がテレビ業界の未来を左右する

民放各局が連携する公式テレビ配信サービス「TVer」(画像:TVerのホームページより)
ただ、この方向性には懸念点もある。
NHKがリアルタイム視聴もアーカイブも受信料だけで提供するサービスになれば、民放の「TVer」と有料SVOD(「Hulu」「FOD」など)の組み合わせという現在の業界構造とは違う形になる。もし近い将来、NHK ONEとTVerを同じ入り口にしようとなったとき、その違いが障害になる可能性がある。
テレビでは、同じデバイス上でリモコン1つでNHKと民放各チャンネルを使える大きな利便性がある。ネット上でも同様にすると、「テレビ」が次の時代に合った進化ができるはずだ。NHK ONEとNODの統合には、そこまで視野に入れた検討も必要になる。
もっとも、誰もそこまで大きな視野でテレビの将来像を考えていないのかもしれない。しかし、少しでも業界の持続可能性を高めようというのであれば、避けて通れない課題だ。