ターゲットを絞りすぎていないか、気をつけよう——ニューバランス・鈴木氏が『ブランディングの科学』から学んだこと

ターゲットを定めないと戦略が立てられない。かと言って、対象を絞りすぎると売り上げは増えない——。マーケターならだれもが直面する課題でしょう。ニューバランスジャパンでマーケティングを指揮する鈴木健さんはこの難題について、ある戒めを常に意識しているそうです。AERA YouTubeの連続講座「ビジネスパーソンのためのマーケティング思考/学びのツボ」から紹介します。
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——ニューバランスと言えば、スニーカーの印象が強いのですが、最近は商品カテゴリーも増えているようですね。
はい。もともとはランニングシューズから始まったブランドですが、スニーカーはもちろん、今では野球やサッカー、バスケットボール、テニスなどに進出しています。アパレルも展開していて、大谷翔平選手のシグネチャーコレクションのウェアも作っています。
■恐れずに独自のことを続ける
株式非公開のプライベートカンパニーとして100年以上の歴史があり、株主に左右されず、自分たちの信じる路線を追求できる点が強みだと考えています。たとえば、靴のサイズで長さだけでなく幅=足囲(ウィズ)も重視するウィズサイジングを古くから行ってきました。在庫負担は増えますが、お客様のために幅を用意するという姿勢を守ってきたのがニューバランスのポリシーです。その考え方を、この10年ほどはFearlessly Independentと呼んでいます。恐れずに独自のことを続けていくという意味ですね。
——仕事をするうえで、どういうところにやりがいを感じますか?
自分の場合、大学が英米文学専攻でしたし、英語を使う仕事に就きたいと考えていました。最初に就職した日本の広告会社で米国の顧客にプレゼンする仕事を任され、とてもやりがいを感じて外資系に転じました。実際には外資の広告会社時代に海外に行く機会はなかったのですが、欧米の広告会社は創業者がクリエイター出身で、広告に創造性が感じられることは自分の志向に合っていました。私は、読んだ本からの刺激やその時々でホットな話題を自分の仕事にどう取り入れるか、というところに面白みを感じます。アル・ライズの『ポジショニング戦略』の考えを企画書にそのまま書き写したら、提案が通った経験もありましたね。

■本国のアイデアに普遍性を見出す
――クリエイティブの部分に醍醐味を感じる方なのですね。
外資系の会社では、海外の本社が元のアイデアを作り、それを地域ごとにローカライズしていく仕事が一般的です。これに対して、クリエイターの多くは自分のアイデアで勝負したい、オリジナルを手掛けたいと思っていて、本国のアイデアを日本に適用させるアダプテーションと呼ばれる仕事は軽視しがちです。しかし、私はグルーバルに向けたメッセージを日本でどう解釈・翻訳するかという仕事にやりがいを感じます。元のアイデアの中に普遍性を見出し、それを日本で伝わる形にすることにマーケターの腕の見せどころがあると思うんですね。
最近だとRun your way.というキャンペーンがあります。この言葉をいかに日本人にとっても意味があるようにするか、あるいは日本の生活者にとって新しい発見になるように、チームで考え、イベントや日本語のマニフェストといった形で展開しています。クリエイティブの基盤は維持しつつ、日本の消費者にとって意味のある解釈や体験に落とし込むのが基本です。

■ショックを受けた『ブランディングの科学』
——これまでで最も影響を受けた本を教えてください。
もともと読書が好きで、広告関係の本などは原書で読んできましたが、仕事に関する本でオッと驚いたのはバイロン・シャープの『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)です。原書が出たのはデジタルマーケティングが取りざたされるようになった2010年ですが、マーケティングのうえでとても基本的な考え方なのに無視されているとシャープ氏が考えるファクトや法則が書かれていて、ショックを受けました。
——どんな点が一番ショックでしたか?
自分の常識に反してる指摘がいくつかあって、とくに刺激的だったのはターゲティングのところです。みんなをターゲットにしたマーケティングは成功しない、というのがこの世界の常識ですが、しかし、みんなを狙わないでどうスケールさせるのか、というのがシャープ氏の視点で、ターゲットを狭く設定するほどビジネス・オポチュニティがなくなることを自覚せよという指摘は参考になりました。
■反応率が上がっても勘違いしない
——それを実務にも生かしているわけですか。
もちろんターゲティングを無視すると、メッセージが作れませんし、クリエイティブもできなくなってしまいますが、ある程度、幅広い人たちに買ってもらわないとビジネスは成立しないわけです。どっちが正しいかという問題ではなく、バランスをいかに上手に取るか、でしょう。
ターゲットを細かくするほど母数が小さくなって反応率が上がり、効果が上がっているように見えます。ところが、絶対数として増えているわけではない。そこを勘違いしてはいけない。よくCRM(顧客関係管理)などで反応率が上がったという人がいますが、数は増えていないんです。ターゲットを絞り込みすぎないように、という視点は実務でも頭に置いています。
■柄谷行人氏から学んだこと
——他に影響を受けた本は?
学生時代からずっと長く読んでいるのが柄谷行人さんの本です。
——はい。事前に少しうかがっていたので、私も初期の『意味という病』(講談社文芸文庫)を買って読みましたが、手ごわかったですねぇ。どこに惹かれますか。
特に初期の柄谷さんは文体が言い切り型で、自信をもって書いている感じがします。この文体やスタイルにかなり影響されたところがあり、自分でものを考える時の決め手、これでいいんだという自信につながっています。マクベス論などは読んでいてドキドキしますよ。一般的な論文のようなリファレンス、傍証は何もないのですが、自分が考えていることをきちんと伝えることのエネルギーを柄谷さんの文章からは感じるんです。私自身はマーケティングについて、世の中で起こっていることを批評的に見る行為であると思っています。現象をそのまま受け取るのではなく、一度カッコに入れたうえで物事を考えるという感じですが、その思考の仕方は柄谷さんから学びました。

■マーケティングは現象をとらえるフレーム
——SNS、AI時代のマーケティングはどう変わっていくでしょうか?
悲観的には、マーケティングなんてAIに任せればいいのではないかという意見もあります。ただ、私はマーケティングとは今、起こっている現象をどう捉えるかというフレーム、基準だと思っているので、その前提が変わればマーケティングのやり方も定義もどんどん変わっていくと思います。仮にプロンプトクリエイターみたいな職種が出てきたとしても、それもマーケティング職の一つだと考えます。
若い人たちに考えてほしいことは、過去や現在、手掛けていることに固執せず、自由にやってほしいということです。クリエイティブの領域ではどんどん生成AIで置き換わっていくであろうことは誰でも思いつくことですが、それを前提とした場合、世の中がどういうふうになるかということをもうちょっと考えたほうがいい。要するに今のただの置き換えになるわけじゃないと思うんです。AIを使ったものが全部受けるわけでもありません。それは今まで新しいテクノロジーが出てくるたびに必ず問われてきたことでしょう。いろんな形があるので、それを恐れずに面白がった方が未来としては明るいんじゃないかと思います。
●鈴木健(すずき・たけし)/ニューバランスジャパン マーケティング本部 ディレクター
1991年、慶應義塾大学卒業後、広告会社オリコムに入社。その後、I&S/BBDOなど外資系広告会社や消費財メーカーを経て、2002年ナイキジャパンに入社。ナイキゴルフの広告、Web、PRを担当し、ウィメンズトレーニングのブランドマネージャーを経験。2009年にニューバランスジャパン入社し、ブランドマネジメントおよびデジタル、イベント、店頭展開を含むマーケティング・コミュニケーション全般を統括する。
●市村友一(いちむら・ともいち)/朝日新聞出版 取締役会長
1982年朝日新聞社に入社。主に経済ニュースをカバーし、ニューヨーク駐在、AERA編集長、論説副主幹、執行役員企画事業担当などを経て、2021年から朝日新聞出版代表取締役社長、2025年から現職。30年前、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)にインタビューできたことが宝物。
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「ターゲティングで最も大事なこと」ニューバランスジャパン・鈴木健【後編】
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