9人乱立の伊東市長選…これで混乱にケリ? トータル1億3000万円かけた選挙に、市民は正直どう思ったか
学歴詐称疑惑で揺れる静岡県伊東市長選が7日告示された。立候補したのは、失職した前市長のほか、元市長や新人7人の計9人。14日の投開票に向け、支持を訴えている。同市では今年だけで2回の市長選と、市議選1回が行われる異例の事態。一連の騒動で生じた市民間の分断と混乱は依然として続く。同じ事を繰り返さないため、有権者が市長の資質を見極める力も問われている。(中川紘希、佐藤裕介)
◆「今年だけで選挙を何回やるんだ。私たちの税金なのに」
「こちら特報部」は10日、9人による選挙戦が繰り広げられている静岡県伊東市を訪れた。午前10時すぎ、スーパーの前で候補者で前市長の田久保真紀さん(55)の演説が始まった。「しがらみと利権がなく、気軽に参加できる政治を目指す」。20人ほどを前に生活機能を中心市街地に集中させず、市内各地に分散させるまちづくりを進める意向を示した。業界団体などの推薦を受けていないと強調し、「組織に応援されれば新しいしがらみになる。市民の応援を受けて勝ち上がることが重要だ」。約5分ほどの演説で学歴詐称疑惑には触れなかった。

伊東市長選候補者の出陣式で気勢を上げる支援者たち=7日、静岡県伊東市内で
演説後、支持者から「市長はあんたしかいない」と声を掛けられ、涙をぬぐうようなそぶりを見せた。報道陣に「しがらみや利権とは具体的に何か」と問われると「何と戦いながらやっていくのかは、考えながらやりたい」などと語った。
田久保さんを支持するという自営業の女性(57)は「小さなまちの学歴詐称疑惑が、なぜここまで大きく報道されるのか。おかしいと思ったことが応援のきっかけ」と話す。フェイスブックで田久保さんを支持する知人とつながり、投稿された記事などで情報収集をしているという。「田久保さんが市政に戻るのを困る人がいて大きな力が働いている」。政治家と報道機関が結託して田久保さんを批判し、東洋大も卒業の事実を隠して除籍扱いにしたと疑う。
一方でスーパーから出てきた90代の女性は「今年だけで選挙を何回やるんだ。私たちの税金なのに」と怒りを隠さない。
◆「市政はこの半年ほど動いていない」
5月の市長選で田久保さんが初当選後、6月に学歴詐称を指摘する文書が出回った。東洋大を除籍となっていたことが判明し、一度は辞職の意向を示したが続投。9月に市議会の不信任決議を受けて議会を解散。10月に市議選後、再び不信任決議が可決され、失職したことに伴い、今回の市長選が行われることになった。市は5月の市長選で3000万円、10月の市議選で6300万円、今回の市長選で3700万円、計約1億3000万円の費用を見込む。
女性は「市政はこの半年ほど動いていない。福祉のことを考えて、市民の言うことをすぐ聞き、動く候補者が誰かを考えたい」。

伊東市長選の候補者ポスター=10日、静岡県の伊東市役所前で
「私が落選して以来、伊東市は大混乱だ。日本中の笑いものだ。申し訳ない」と演説で語ったのは、元市長の小野達也さん(62)=自民推薦=だ。国や県とのパイプをアピールし、物価高騰対策として市内で使える商品券配布などを掲げ、「市政の正常化」を訴える。
聴衆の無職男性(60)は「選挙では地域に密着しているかどうかで候補者を選びたい。大学は卒業していなくてもいいが、ウソやごまかしはだめだ」と話す。小野市政では、事業費が高騰した新図書館整備計画の不透明さなどが反発を招いた。現在、止まっている事業への対応も市長選の争点の一つだ。男性は「伊東市は文学のまち。費用をかけていい」と話した。
◆伊東市長選立候補者 =届け出順
利岡 正基52 市観光協会理事 無新
石島 明美58 トレーナー 無新
小野 達也62 元市長 無元〈2〉
岩渕 完二73 NPO代表 無新
黒坪 則之64 薬局社長室長 無新
杉本 憲也43 元市議 無新
田久保真紀55 元市長 無前〈1〉
大野 恭弘58 元会社員 無新
鈴木奈々子52 漫画家 諸新
◆「観光業の衰退や人口減が進む街を誰に託せるか」
9人が乱立する選挙戦。誰も法定得票数である有効投票の4分の1以上に届かず、再選挙となる可能性もささやかれる。
元市議の新人杉本憲也さん(43)=国民県連推薦=は、街頭演説で「再選挙で全国からもっと注目されれば、立候補者が増えてさらに(票が分散して)決まらなくなる。やるべきことはたくさんあるのに政治判断する人がずっといなくなる」と危機感を訴えた。陣営は、他候補と違いを出す難しさを口にする。

伊東市長選の候補者の演説を聴く市民ら=10日、静岡県伊東市宇佐見で
新図書館の整備予定地だった同市桜木町にも足を運んだ。60代女性は「近所の人の多くは整備を期待しているけど、今後の予想がつかない」と嘆いた。
県内政治に詳しい静岡大の井柳美紀教授(政治学)は「学歴詐称疑惑が全国的な注目を集めたことで、立候補者が増えた」とみる。「選挙では学歴に関する説明責任を果たしていない田久保さんの市長としての資質が問われる。小野さんも財政健全化を進めたが『投資への積極性に欠けた』との見方も多い。新人を含め、観光業の衰退や人口減が進む街を誰に託せるか考える必要がある」と話した。
◆セクハラ、不倫…全国で地方自治の現場が混乱して
前回市長選から半年余り。一連の騒動を経て市内の空気はどう変わったのか。
同市在住のジャーナリスト清(せい)義明氏は、前回選では市政の変革を求める声が田久保さんに集まったものの、一連の騒動で「多くの有権者が失望している」と話す。ただ、交流サイト(SNS)などを見て田久保さんを強く支持する支持者もおり「市民間には分断が残っている」という。

伊東市長選の候補者ポスター=10日、静岡県伊東市宇佐見で
今回の選挙で市民の間に広がった分断や混乱は収まるのか。清氏は、再選挙になる可能性を指摘した上で、「混乱はまだまだ続くだろう」と嘆く。
一方、地方自治の現場が混乱するのは伊東市だけではない。全国ではセクハラや不倫疑惑を巡る首長の不祥事が後を絶たない。14日には、職員へのセクハラが認定された沖縄県南城市の古謝景春前市長の失職に伴う市長選が告示される。ラブホテル面会問題で小川晶前市長が辞職した前橋市長選と、セクハラ問題で杉本達治前知事が辞職した福井県知事選がそれぞれ来年1月に実施される予定だ。
◆投票に影響与えるSNS…注意したいのは
近年、地方選挙で大きな影響力を持ちつつあるのがSNSだ。SNS上では選挙期間中、大量の真偽が不確かな情報も拡散される。有権者が候補者の資質を見極めるのは難しくなっているのか。
SNSと選挙に関する著作がある作家の物江潤氏は、近年、SNSが地方選の投票行動に影響する事例が増えていると指摘。「人口が減少して社会の空洞化が進む地方でも新しい『コミュニティー』を求めてSNSで情報を入手しようとする有権者も増えているのではないか」とみる。

10月末から市長不在が続く伊東市役所=12月7日、静岡県伊東市で
同じ問題を繰り返さないため、選挙に際し、有権者はどういった点に注意して投票すべきか。
神奈川大の幸田雅治教授(地方自治論)は「行政を推進する上での誠実さや公平性、社会が求める規範に基づいた行動をとれるかなどの点は重要」と指摘。「候補者の実際の発言や政策も含めた行動に関するいろいろな情報を集め、できる限り自分なりにしっかりと判断していくことが必要になる」と解説する。
先の物江氏は、SNS上のショート動画などは「感情をかき立てて心を『ハック』するように作られているので距離をとる必要がある」と指摘。「友人や知人と会って話して実際に聞いた情報や新聞、テレビなどさまざまな情報を活用して判断することが大切ではないか」と有権者の心構えを説く。
◆デスクメモ
田久保前市長の学歴詐称疑惑から始まった問題への是非は、有権者の判断に委ねられる。市議会解散とそれに伴う市議選の実施、今回の市長選と、結果として多大な時間とコストを費やすことになった。有権者一人一人が候補者に向き合って悔いのない選択をすることを願っている。(祐)
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