「廃止予定を撤回します」熊本市電、費用削減で全国ICカード維持――高コストはもう言い訳にならないのか?

交通系ICカード更新費用

 路線バスや路面電車に設置されている交通系ICカードの読み取り機器は、永久に使えるわけではない。長く使えるとはいえ、いずれは更新しなければならない時期が来る。

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが60年前の「熊本駅」です!(計9枚)

 この更新が今、全国の自治体を悩ませている。バスや電車は1台や2台ではなく、数十台から数百台もの車両に機器が載っているからだ。すべてを交換するとなれば、費用も相当なものになる。自己資本だけで賄える事業者は少なく、多くが自治体や国の補助金を当てにせざるを得ない。自治体にしても、できる限り更新コストは抑えたいところだろう。

 ところが最近、状況が変わりつつある。読み取り機器の価格が下がってきて、当初の想定よりもずっと安く更新できることが分かってきたのだ。このコスト削減によって、自治体の負担は軽くなる見通しが立っている。

熊本県交通5社の決断

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熊本市(画像:写真AC)

 熊本県の交通5社が全国交通系ICカードの取り扱いを一斉にやめたことが話題を呼んだ。これは2020年に施行された独占禁止法特例法に基づく動きだった。

 路線バス車内のICカード機器を更新するには高額な費用がかかり、当時は国の補助金も期待できなかった。そこで各社は、負担の少ないタッチ決済対応のクレジットカード読み取り機器を共同導入することにした。特例法がなければ、この共同行為はカルテルとみなされかねなかっただろう。

 地域交通を守るためには避けられない経営判断だったが、全国交通系ICカードが使えなくなったことで、利用者の不便は大きくなった。くまモンのIC CARDは残ったものの、SuicaやICOCAといったカードは使えなくなったからだ。

 熊本市交通局が運営する熊本市電も、当初は2026年3月に全国交通系ICカードの取り扱いをやめる予定だった。車内での支払いは、タッチ決済とQRコード認証、そしてくまモンのIC CARDだけに絞られるはずだった。

 ところが2025年末、流れが変わる。11月28日の市議会本会議で、大西一史市長が熊本市電での全国交通系ICカード利用を続ける方針を表明したのである。

利用者の声が動かした方針転換

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熊本市役所前(画像:写真AC)

 熊本市議会本会議の議事録は、熊本市の公式サイトで読める。大西市長はこう発言している。

「次に、熊本市電における決済手段の整備方針について御報告申し上げます。機器の更新に伴う決済手段につきましては、これまで市民や利用者の皆様からのアンケートなどで御意見をいただき、各会議の委員や市議会の皆様と議論を重ねてまいりました。その結果、本市では、現行ICカード決済機器の更新に当たり、市民や利用者の皆様にとっての利便性の向上とコストの適正化を総合的に判断し、全国交通系ICカードが利用可能な機器に更新することといたしました。今後も、熊本市民の安全性を最優先に利便性の高い公共交通機関を目指し、様々な取組を進めてまいります」(令和7年第4回定例会 熊本市議会 本会議-熊本市)

 ここで注目したいのは、市民や利用者の声を重く受け止めた点だ。熊本市交通局は2025年8~9月に、「熊本市電の決済手段として、全国交通系ICカードが廃止されると困るか」という設問でアンケートを実施している。外国人を除く有効回答数は2606人で、そのうち「とても困る」と答えた人は全体の37%だった。19~22歳の若年層に限ると、「とても困る」の割合は52.8%に跳ね上がる。

 大学生は経済的に余裕がないことが多く、クレジットカードの利用にはまだハードルがある。移動する際のキャッシュレス決済として、全国交通系ICカードの使い勝手が評価されているわけだ。そうした声がアンケート結果にはっきり表れている。

 また、熊本市電の乗務員88人を対象にしたアンケートでも、「全国交通系ICカードを継続して欲しいか」という問いに対して78.4%が「継続希望」と回答した。現場と利用者の双方が支持したことが、機器更新の判断を後押ししたかたちだ。

機器の低価格化がもたらした転機

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熊本市(画像:写真AC)

 全国交通系ICカードの利用を続けるといっても、高額な更新費用が熊本市の財政を圧迫するなら、実現は困難だっただろう。だが熊本市交通局と有識者会議が費用を洗い直したところ、全国交通系ICカードを維持したままでも

「更新コストを大きく下げられる」

ことが判明した。当初は約2億円と見込まれていた費用が、精査の結果1.5億円まで抑えられる見通しになったのだ。

 なぜ金額が変わったのか。熊本市交通局の公開資料にその理由が示されている(熊本市電における決済手段について-熊本市交通局)。

・機器構成を見直し、一部機器を安価なものへ変更

・機器構成見直しに伴う作業工数減少など

つまり、全国交通系ICカードの読み取り機器そのものが安くなってきているということだ。これは開発企業の努力の成果といえるだろう。

 似たような動きは広島県でも見られる。広島電鉄が導入した乗車決済システム「MOBIRY DAYS」は、地域交通系ICカード「PASPY」のサービス終了に伴って生まれたものだ。PASPYは巨額のシステム更新費用が重荷となり、サービスを終えざるを得なかった。

 ただし、MOBIRY DAYSはPASPYが果たしていた役割を完全には引き継いでいない。全国交通系ICカードに対応しておらず、障害者権利団体から改善を求める声も出ている。コストを削った分、利便性や包括性の面で課題が残っているのが現状だ。

広島電鉄の事例が示す可能性

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熊本市(画像:写真AC)

 広島電鉄でのICOCAなど全国交通系ICカードの決済は、使い方が分かりにくいという声が利用者から上がっていた。そんななか、同社は2025年6月27日に来春をめどに、自社開発の「モビリーデイズ」読み取り機でICOCAが使えるようになると発表した。この発表を受けて、利用者からは歓迎の声が上がっている。割引や「イコカ定期券」の相互利用を求める要望も聞かれた(「「やっと便利に」歓迎 広島電鉄のモビリーデイズ読み取り機でICOCA利用可能に」中国新聞2025年6月27日付け)。

 機器の改良によって、評判の悪かった使い勝手が少しずつ改善されつつある。システム更新費用を考える上でも、この「機器の改良」は見逃せない要素だ。国や地方自治体が、安くて従来の機能を保つ新型機器の開発を後押しすれば、従来から問題視されてきた全国交通系ICカードのランニングコストの高さを一気に解消できるかもしれない。

 利用者の利便性を高めつつコストも削減する。今回の広島電鉄の取り組みは、その両立を目指す事例として参考になるだろう。