高市政権で復活したリフレ派が重視した「マネー」に意味はあるか? 金利上昇局面の今だからこそ異次元緩和を振り返る

高市政権の誕生で「リフレ派」は復活した(写真:つのだよしお/アフロ)

(河田 皓史:みずほリサーチ&テクノロジーズ チーフグローバルエコノミスト)

高市政権で復活した「リフレ派」とは

「日銀がお金をたくさん刷れば景気は良くなり、物価も上がる」という言説が力を持った時代があった。「リフレ派」と呼ばれる経済学者・エコノミストの影響力が最高潮に高まった2012年頃がその象徴的な時期と言えるだろう。

 2013年4月の黒田総裁就任直後に打ち出された日銀の「量的・質的緩和(QQE)」、いわゆる「異次元緩和」は多くのパーツから構成される複雑なパッケージであったが、最も注目を集めたのはマネタリーベースの拡大、すなわち「お金をたくさん刷る」ことであった(2016年9月の「総括的検証」以降は軌道修正され、金利中心の政策体系に戻った)。

 異次元緩和の景気・物価に対する影響については、日銀自身の手になる「多角的レビュー」も含め、多くの有識者・当事者の整理は「一応効果はあった。ただ期待ほどではなかった」ということだと思う(筆者もやはりそう思う)。

 ただ、マネタリーベース拡大の効果だけに焦点を絞ると、「特に効果はなかった」というのが多くの有識者の理解だと思う。日銀自身も、「多角的レビュー」の背景説明において「マネー(マネーストック、マネタリーベース)と物価・名目GDPとの間では、単純な貨幣数量説で想定するような関係はみられなかった」とバッサリ切り捨てている。

 このあたりは「物は言いよう」というところもあり、マネタリーベースの拡大の背後にある大規模な国債買入れがイールドカーブを下方シフトさせること(そして、それにより為替を円安方向に動かすこと)を通じて緩和効果を実現したのはおそらく事実だろう。途中のメカニズムをすっ飛ばしてしまえば、「マネタリーベースの拡大により景気・物価に好影響があった」と言ってしまうこともできなくはない(実際、リフレ派の論客はそう主張するのかもしれない)。

 そうした歴史・議論も踏まえつつ、近年の「マネー」の動向を振り返ってみよう。

そもそも「マネー」という指標とは何か

 そもそも「マネー」と呼ばれている指標は、実態としては単に「預金残高」である。したがって、様々存在するマネー指標の違いは、「どういう預金か」の違いに過ぎない。

 マネタリーベースは、「金融機関の日銀への預金(日銀当座預金)と市中に出回っている銀行券・貨幣の合計」である。昔は日銀当座預金よりも銀行券(一万円札などのお札)のほうが多かったが、異次元緩和以降は日銀当座預金のほうが圧倒的に多くなっているため、基本的には「金融機関の日銀預金」と理解してよい。

 一方、マネーストックは「企業・家計の金融機関預金+現金」である。例えば筆者や読者の銀行預金もここに含まれる。M1、M2、M3と複数の種類があるが、定期預金を含むか否かなどといった細かい違いに過ぎず、本質は変わらない。

 異次元緩和からの正常化が進む今、「マネー」はどうなっているのだろうか。まず、マネタリーベース(以降MB)を見てみよう。

 MBは異次元緩和前に100兆円台前半だったが、異次元緩和後に急増し、2021年~2024年前半は600兆円台半ば~後半で推移していた(図表1)。その後、日銀のバランスシート縮小開始(いわゆるテーパリング)を受けて緩やかに減少しており、足元は610兆円程度とピークから1割程度減少している。

■図表1:マネタリーベース残高(出所:日本銀行)

(出所:日本銀行)

 ただし、異次元緩和前と比べれば数倍の規模にあることには変わりない。日銀の資金供給拡大を比喩的に「お金を刷る」と表現することがあるが、実際には市中に出回る銀行券が増えたわけではなく、金融機関の日銀預金が増えただけである(その対価として日銀は金融機関から国債を買い上げたわけである)。

 マネーストックはどうだろうか。MBの動きが日銀次第で大きく変わるのに対し、マネーストックは比較的淡々と増え続けている(図表2、図表3)。両者とも長期的に増加トレンドにある点は共通しているが、図表3に示されるような短期的なアップダウンにはあまり相関はない(例外は2020~21年のコロナショック期)。

■図表2:マネーストック残高

(出所:日本銀行)

■図表3:マネー指標の伸び率

(出所:日本銀行)

「リフレ派」の論客が昔よく言っていた「日銀がお金をもっと刷れ(MBを増やせ)」という主張の背景には、「MB増加→マネーストック増加→物価上昇・景気浮揚」という世界観がある。このうち「MB増加→マネーストック増加」が日本の現実データにおいて成り立っていないのは今確認した通りだが、「マネーストック増加→物価上昇・景気浮揚」のほうはどうだろうか。

リフレ派復活でもマネーへの関心は復活していない

「マネーストック増加→物価上昇・景気浮揚」については、一応、根拠となる考え方がある。「貨幣数量説」というもので、MV=PYという単純な式で表現されることが多い(M:マネーストック、V:貨幣流通速度、P:物価、Y:生産量(=実質GDP))。要するに、マネーが増えれば(M↑)、物価が上がるか(P↑)生産量が増えるか(Y↑)するはずだという考え方である。

 この考え方は、極端なケースを想定すればおそらく成り立つ。例えば、日本国民全員に10億円を配れば、景気は猛烈に過熱するだろうし、需給バランスが完全に崩れて物価や不動産価格は急上昇するだろう。一方、「10億円」でなくて「10万円」を配ったときには特に何も起きなかったというのは、2020年の定額給付金の経験から明らかである(コロナ禍という特殊な環境の影響も多少あるが)。

 つまり、貨幣数量説という考え方は、「極端なケース」では成り立つが、「常識的なケース」では成り立たないというのが筆者の感覚であり、多くの人の理解でもあると思う(「超長期では成り立つが、短中期では成り立たない」という言い方もできる)。

 実際、マネーストックと物価やGDPの前年比伸び率を並べてみると、清々しいほどに無相関である(図表4)。前年比でなくて「3年前比」や「5年前比」でみても(=ある程度長い目で見ても)結果は変わらない。つまり、「マネーストック増加→物価上昇・景気浮揚」もデータ上は成り立っていない。

■図表4:マネーストックと物価・GDP

(出所:日本銀行、内閣府)

 したがって、「MB増加→マネーストック増加→物価上昇・景気浮揚」は全く成り立っていないということになる。前述の通り日銀が「マネーには意味がない」とバッサリ切り捨てたのも頷ける。

 昨年秋に高市政権が発足して以降、近年存在感を失っていた「リフレ派」が再び脚光を浴びている。言うまでもなく現在は金融政策正常化局面にあり、もっぱら金利に関心が集まっているため、リフレ派が復活しても「マネー」への関心は復活していない。

 ただし、先行き何らかの理由で再び大幅な金融緩和が求められる局面となった場合には、金融緩和手段あるいは波及経路としての「マネー」が再び脚光を浴びることはあり得る。そのとき「リフレ派」の論客が何を語るのか、注目されるところだろう。

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