資産を築いて、守り続けるための富の5原則。ビリオネアの法律家、ジョン・モーガン氏が語る

ジョン・モーガン氏はプライベートジェットでの移動を好む。

  • ビリオネアのジョン・モーガン氏が、富を築き維持するための 5 つの重要な考え方を紹介する。
  • モーガン氏は、自身の成功は、インポスター症候群を受け入れること、運、そして職業的自立によるものだと考えている。
  • 彼は、権限委譲、負債の回避、機会が訪れたときにそれをつかむことの重要性を強調する。

ビリオネアのジョン・モーガン氏は、時に慌てて目を覚ますことがある。夜の夢の中で自分が引きずり込まれる場所ではなく、自分のベッドにいることに感謝しながら。繰り返し見る夢の中で、彼は古い車に閉じ込められ、ほとんどお金もなく、どう切り抜けるか分からないのだ。

15億ドルの資産を持つモーガン氏は、5人兄弟の長男として「経済的に不安定」な家庭で育ったと、動画シリーズ『Authorized Account』でBusiness Insiderのケビン・ライリーに語った。

モーガン氏は貧しい家庭出身にもかかわらず、全米最大規模の人身傷害専門の法律事務所、モーガン&モーガン(Morgan & Morgan)を設立し、全米50州に事務所を構えている。また、科学アトラクション施設、ショッピングモール、ホテル、広告看板会社など、数々の企業を所有している。

しかし、モーガン氏の話をほんの数分聞くだけで、彼が典型的な傲慢なビリオネアではないことがはっきりと分かる。彼はインポスター症候群(高い成果を上げる個人が、自身の能力を過小評価する心理状態)を抱えていることを認め、全てを失う夢を見ることがあると語り、成功の多くは単に幸運によるものだと考えている。

ここでは、モーガン氏の働き方、人材の採用方法、そして他人が見落としがちな場所にリスクと機会を見出す姿勢を形作る 5 つの考え方を紹介する。

1. インポスター症候群を受け入れる

ジョン・モーガン氏は自身の法律事務所を設立して以来、驚異的な成功を収めてきた。

法科大学院を卒業後、モーガン氏が最初に就いた仕事はあまり給料がよくなかった。「人身傷害事件を扱った最初の仕事では、基本給1万ドルと、成立した契約の10%が支払われた。初年度の収入は1万5000ドルくらいだったと思う」

数年後、彼は自身の法律事務所を設立した。しかし、過去37年間の驚異的な成功にもかかわらず、彼は今なおインポスター症候群の感覚を拭いきれていない。

「どうしてこうなったのか分からない。いつか正体がバレるだろう」と、彼は自身の富と成功について語る。しかし、彼はこの考え方を弱点とは捉えていない。

モーガン氏が倣う、故アンディ・グローブという実業家の哲学がある。「パラノイア(偏執病、妄想)に陥った者だけが生き残る」。インポスター症候群によって掻き立てられたこのパラノイアこそが、モーガン氏の尽きることのない原動力となっている。「それがハングリー精神を維持させる」と彼は語る。

だからこそ、彼は毎朝数字を確認することから始める。「来場者数やアトラクションの数字も把握している。前日に新規契約した案件数も把握している。あらゆる種類のリーダーボード(注:ランキングを示す一覧)のレポートも確認している」と彼は語る。

2. あらゆる場所に幸運を見出す

モーガン氏は幸運について、ある種の人が天気について語るように語る。予測不可能で、絶えず存在し、無視できないものだと。「人生とは、何千回もの左折、何千回もの右折、何千回ものUターンだ」と彼は言う。そして、たった一つの方向転換が、すべてを変えていたかもしれないと付け加える。

彼はその信念を謙虚さから来ていると語る。成功は、人々に自分が実際よりもはるかに賢いと錯覚させると警告する。そして、その解決策は簡単だと彼は信じる。解決策は、あらゆるところに機会を探すことだ。なぜなら、幸運は自らその道に身を投じた時にのみ現れるからだ、と彼は言う。

幸運を追い求めるということは、あらゆることに「イエス」と言うことを意味した。弁護士として働き始めた頃は、案件を求めて弁護士に電話をかけ、組合会館を訪れ、他人が無意味と切り捨てるイベントにも足を運んだ。チャンスを掴めば掴むほど、彼はより多くの「宝くじの玉」を手にしていた。

「機会を探す時、宝くじの玉が多ければ多いほど、ビンゴゲームに勝つ可能性が高まる」と彼は語る。

その考え方が、彼のキャリアにおける最大の転機を導いた。1977年に弁護士広告が合法化された時、多くの弁護士はそれを試そうとしなかった。モーガン氏は「恥ずかしかった」と語るものの、10万ドルを借り入れ、とにかく全額を投じた。するとすぐに問い合わせがきた。

3. 何をするにしても、プロフェッショナルであれ

幼少期のモーガン氏と父。

これはモーガン氏の父親の言葉である。モーガン氏が子供の頃、父親は失業を繰り返し、家族の経済的な苦境を悪化させていた。

「でも、父が私たちにくれた素晴らしい贈り物は、彼が解雇されるたびに口にしたこの言葉だった。『何をするにしても、プロフェッショナルであれ。そうすれば誰も君を解雇できない』」と、そうモーガン氏は語った。「そして、誰にも解雇できないような仕事をするんだという思いが、私の心に焼き付いていた。父と同じ立場にはならないと思っていた」

父の言葉は、彼のリスク管理の仕方を形作り、自ら事業を営む決意を固めるきっかけとなった。この考え方は、AT&Tでイエローページ広告を販売してロースクールの学費を賄ったことから、30代前半の1988年に友人たちの予想をはるかに下回る若さでモーガン&モーガンを設立まで、彼のキャリアの基盤となった。

「みんな誰かのために働いていた」と彼は友人について語った。「父が誰かのために働いているのを私は見てきた。それは絶対に嫌だと思った」

4. 委任は自由をもたらす

モーガン氏と、モーガン&モーガンで共に働く3人の息子たち。左からマイク、マット、ジョン、ダニエル・モーガン。

事務所設立当初、モーガン氏は日々の意思決定に深く関与し、法律事務所に営業電話をかけ、案件を獲得し、愛車の日産マキシマで弁護士から弁護士へと駆け回っていたという。

数十年後、彼はこう語る。「最も重要なのは、規模を拡大し、権限委譲することを学んだことだ。そして、これらを習得すれば、お金では買えないもの、つまり時間を手に入れられる」

彼はその時間の一部を、自ら「送信即削除型人材(send-delete people)」と呼ぶ従業員の選定に充てている。これは、モーガン氏が送信した瞬間にそのタスクを処理し、その後のフォローが不要な人材だ。そのような人材を見つけたら、彼は「少しずつ、さらに少しずつ」業務を委任していく。

その結果、彼は戦略立案、事業拡大、そして次なる課題解決に時間とエネルギーを集中できる自由を手に入れた。

5. 負債を恐れて回避する

多くの金融専門家が、健全な負債は資産形成の鍵であると説く一方、モーガン氏は可能な限り負債を避けている。

1980年代にいくつかの銀行を創業した後、彼は複利がいかに「津波のように押し寄せるものか」、そして負債がいかに速く「人を飲み込むか」を学んだ。

とはいえ、彼は創業初期に10万ドルを借り入れ、大衆向け広告に投資した。しかし、体験型の博物館、ホテル、ショッピングセンターなど、他の多くの事業を始める際には、借り入れに抵抗したという。例えば、マートルビーチ(Myrtle Beach)にある経営不振のショッピングモールを買収した際には、現金で支払ったという。

「借金が死ぬほど怖い」と彼は語る。「現時点で負債は全くないし、何に対しても個人保証は一切ない」