トヨタが社長交代で描く「BEV逆襲」の青写真、佐藤氏が磨いたbZ4Xの競争力と財務出身・近新社長が握る戦略の成否

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い, 「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し, 性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力, 採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追, トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

トヨタ自動車のBEV「bZ4X」(写真:共同通信社)

(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い

 2月6日、トヨタ自動車はトップ人事を発表した。現社長の佐藤恒治氏が副会長に、執行役員の近健太氏が新社長に、“実質CEO”の豊田章男会長はそのまま留任という布陣で、4月に新体制発足となる。

 研究開発畑の佐藤氏は就任丸3年をもっての交代。トヨタでは、病気で退任した豊田達郎社長を除けば最短の任期である。

 佐藤氏は昨年、日本経済団体連合会(経団連)の副会長に就任。今年1月1日からは日本自動車工業会会長も務める。両ポストとも業務量は膨大で、それを2つもこなしながら社長業もこなすのは負担が大きいことから、早晩退任するという見方は昨年からあった。

 とはいえ、6月の株主総会後に取締役からも退任する予定というのは、社長経験者としては豊田章男氏の前任で、リーマンショックによる経営危機の責任を取らされる格好となった渡辺捷昭氏の例がある程度ということを考えると、いささか冷遇にも映る。

 一方、新社長となる近氏は会社の財布をコントロールする財務・経理畑。また豊田章男氏の秘書を8年間務め、豊田章男氏の長男、大輔氏が上級副社長を務めるウーブン・バイ・トヨタではCFO(最高財務責任者)として後見に回るといった経歴から、創業家の覚えがめでたいことは間違いないだろう。

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い, 「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し, 性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力, 採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追, トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

トヨタ自動車の社長交代会見。写真右から近健太次期社長、佐藤恒治社長(2026年2月6日、写真:日刊工業新聞/共同通信イメージズ)

 トヨタは2020年のコロナショック後、世界の自動車業界において非常に早い立ち直りを見せ、2025年まで6年連続で世界販売首位を達成するなど、ビジネスは順風満帆だ。

 南北アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、東南アジア、中国、中近東、アフリカと、市場によって短期的な増減はありながらもグローバルでみれば穴が少ない。商品であるクルマはコンベンショナルなエンジン車とハイブリッドカーという2つのマスカテゴリーをガッチリ押さえている。故障率調査や耐久性評価では常にトップクラスでリセールバリューも高い。

 その根底にあるのは、1990年代に奥田碩元社長が方針を示し、以後一貫して続けてきた技術の“全方位戦略”だ。

「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し

 トヨタは、クルマの温室効果ガス排出量抑制の方法を二次エネルギーである電力のみに決め打ちせず、同じ二次エネルギーである純水素やそれを原料とする水素系合成燃料、バイオ燃料、ハイブリッド技術による石油系燃料の消費量削減など、国や地域の事情によって最適なソリューションを柔軟に提供する。

 競馬で言えば有望な組み合わせの3連単を全部買うようなものだが、それができる企業体力があればそうしない手はない。

 トヨタ自身が「マルチパスウェイ」と呼ぶこの全方位戦略は、社長交代でも大きく変わることはないだろう。だが、その中で気になる点が一つだけある。佐藤社長にとってもおそらく心残りなことであろう、バッテリー式電気自動車(BEV)強化策である。

 BEVはトヨタの全方位戦略の中で唯一欠けた大物ピースである。トヨタは電動化技術に関しては世界のトップランナーだが、BEVに関しては熱意を欠いていた。今日、トランプ大統領によるアメリカのパリ協定離脱をきっかけにBEV市場に激震が走っているが、今後の技術進化を考慮するとBEVを穴にするわけにはいかない。

 佐藤氏は2023年4月の社長就任直後の会見でBEV戦略を抜本的に見直し、新プラットフォームを開発すると宣言した。

 トヨタは2022年、電動プラットフォーム「e-TNGA」を使った一般販売向けのBEV第1号モデル「bZ4X」をリリースしていたが、エンジン車と共通の生産体制で作ることを主眼に置いたe-TNGAでは、圧倒的なスピード感で性能を上げる新興勢力と戦えないとの判断による見直しだった。

 これは佐藤氏、およびトヨタの柔軟性の高さを端的に示す事例と言える。今の時代、プラットフォームの開発は昔と異なり大変な工数と費用を伴う一大事業だ。ほとんどのメーカーはそれが良くないことが明らかになっても投資の回収や責任問題が足かせとなって簡単に見直すことができない。佐藤氏の判断によってトヨタは貴重な数年を無駄にすることを回避できたのだ。

 その会見で佐藤氏はもう一点、興味深い発言をした。「われわれにはカイゼンの文化がある」と言い、bZ4Xの性能向上にも継続的に取り組むと宣言したのだ。

性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力

 bZ4Xはスバルとの共同開発によって作られた電動クロスオーバーSUVで、スバルもデザインの細部と足まわりのチューニングを違えたほぼ同一モデルを「ソルテラ」の名で販売している。

 筆者は2023年の早春にそのソルテラのAWD(4輪駆動)モデルをロードテストしてみたが、その時点での完成度は低く、とりわけエネルギー効率の悪さには唖然とさせられるばかりだった。低温とはいえ氷点下ではなかったにもかかわらず、たったの179km走行地点でバッテリー充電率の実に約7割ぶんの電力量を失ってしまったのだ。

 そんなクルマゆえ販売も振るわず、平均月間販売台数は2桁台どまり。トヨタがそれをどう改善するつもりなのかと思っていたが、同年5月にbZ4X/ソルテラのアップデートを行う。コンピュータの制御プログラムを改変し、エネルギー効率を向上させるのが主な目的だった。

 改良プログラムがインストールされたソルテラを再び走らせてみたところ、気候が良かったという追い風を差し引いてもクルマの効率は大幅に向上していた。

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い, 「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し, 性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力, 採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追, トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

2023年にbZ4X/ソルテラのファームウェアアップデートが実施され、機械的な変更なしに性能が大きく向上した(写真はスバルのソルテラ、筆者撮影)

 東京を出発後、高速道路と一般道を併用しながら群馬・新潟県境の三国山脈を越え、さらに奥只見ダムから最高標高1550mの裏尾瀬を経て走行354.3km地点、福島の秘境檜枝岐村の充電スポットにバッテリーの充電残7%で滑り込んだ。

 100%換算の航続距離は381kmだが、檜枝岐村が標高900m台であることを考慮すると、平地では400km以上の航続が期待できる。ハードウェアを変えることなく性能の大幅アップを果たしたのだ。

 そして昨年10月9日、トヨタはさらなる改良を実施。バッテリー容量を71.4kWhから74.7kWhに増強しつつ、電力制御用のパワー半導体に独インフィニオン社製の高効率なSiC(シリコンカーバイド)を採用するなどして省電力化を進めたという。FWD(前輪駆動)に省燃費タイヤを履かせたグレードの公称航続距離は実に746kmと、同時期に日産自動車が発表した「リーフ」の702kmを大きく上回る数値である。

 今年1月、その改良型ソルテラを今度は東北地方の豪雪地帯で走らせてみた。グレードは航続746kmのFWDではなく622kmのAWD。走行時の抵抗が大きいスタッドレスタイヤを装着していることを考慮すると600km弱くらいか。

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い, 「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し, 性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力, 採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追, トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

山形の特別豪雪地帯、月山にて。寒冷環境における電費低下が小さくなり、より長い距離を走れるようになった(スバル「ソルテラ」、筆者撮影)

 今年の強烈な寒波のため厳しいドライブになることは容易に予想できたが、何も人類未踏の地に行くわけではなく、多くの人が普通に生活を営んでいるエクメーネ(居住可能地域)だ。これで音を上げるようでは話にならない。

 東京を出発後、気温は低いが積雪のない太平洋側を福島県の相馬まで進み、そこから阿武隈山地を越えて走行356.6km地点、内陸の福島市に到達した。充電残3%で100%換算の航続距離は368km。

 行程の半分強が氷点下、とくに福島県に入ってからは最低マイナス6度とBEVの苦手な低温環境であったことを考えると、初期型であれば250kmも走れなかったことだろう。フルモデルチェンジなしで性能を1.5倍に引き上げたのだ。

 このロードテストでは低温時の充電性能もみてみた。日本の充電規格CHAdeMOに準拠した充電器の中では最高性能に近い最大電流350Aの装置を使用してみたところ、車両への投入電力量は15分間で32.2kWh、30分で55kWhにのぼった。

 この数値は筆者が過去にテストしたCHAdeMO車の中では最高記録だったが、それをマイナス2度の寒気の中で達成したことも特筆に値しよう。

トヨタ異例のトップ人事、研究開発から「財務のプロ」へかじを切った新体制の狙い, 「全方位戦略」に欠けた大物ピース、佐藤社長が断行したBEV戦略の抜本的見直し, 性能を1.5倍に引き上げたbZ4X“カイゼン”の衝撃、雪上走行で見えたトヨタの底力, 採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追, トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

気温マイナス2度の中で急速充電を試す。充電器出力122kWは望外に高い数値で、15分で33.2kWhの投入電力量を得られた(筆者撮影)

採算度外視の「値下げ」を断行、日産の牙城を崩しにかかるトヨタの猛追

 佐藤氏の公約通りトヨタはbZ4Xの“カイゼン”を果たしたのだが、攻め手はそれだけではなかった。トヨタとスバルはbZ4X/ソルテラのこの改良を機に、車両価格を最大110万円引き下げたのだ。

 バッテリーの増強、電力制御のためのパワー半導体を高価なSiCに換装したことをはじめ、改良点はいずれも大幅なコストアップ要因で、値下げできる要素は見当たらない。採算を無視してまで値下げに踏み切ったのは、現時点では日産のものである日本のBEVのリーダーという地位を奪いにかかっているとみていい。日産は現在経営難の真っただ中にあり、対抗するのは困難。勝てるとみるや一気に畳みかける見事な勝負勘と言えよう。

 クルマだけではない。トヨタはこの改良に先立ち、昨年トヨタ販売店の主要店舗に改良型bZ4Xの充電性能を最大限引き出すことができる350アンペア、公称出力150kWの超高速型充電器を一斉に配備した。

 前述のソルテラのテストでも使用したスペックのものだが、高性能であるぶん充電器の本体価格はきわめて高く、変電設備その他の付帯工事も含めると1カ所あたり2000万円以上、工事の条件によっては3000万円近くかかる。それを1年で400基以上配備し、bZ4Xの新規顧客に充電サービスをリーズナブルな価格で提供している。

 クルマの改良、価格の引き下げ、充電網の急速な整備、そして経済産業省の手厚い補助金の“4点セット”は日本のBEVマーケットを一変させた。それまで月販数十台どまりだったbZ4Xの販売台数は、昨年の改良を境に月平均1000台超へと一気に飛躍した。

 だが、これはトヨタにとって前哨戦にすぎない。主役は2023年に公表したBEV戦略の全面見直しで開発がリスタートされた次世代BEVだ。bZ4X/ソルテラの大規模改良と大幅値下げという大盤振る舞いは、その登場までの間をつなぐための位置づけとも言える。

 そんな大仕掛けを打った佐藤氏だが、近氏もそのBEV攻勢を受け継ぐことになるのだろうか。

トランプ政権の「脱BEV」は追い風か逆風か、近新社長に求められる「勝負勘」

 トヨタの全方位戦略を完成させるための重要なピースというBEVの位置づけ自体は、おそらく新政権になっても変わることはないだろう。

 近氏は財務・経理畑であるだけにコストコントロールに関して相当厳格な改革を行うとみられるが、現時点で収益を圧迫する要因になるからといって、全方位戦略からBEVを外すという判断を勝手に下せるわけではない。

 ただ、電動化技術の研究開発とは別のレイヤーであるBEVの商品戦略について、佐藤氏と同様の熱量で取り組むかどうかについては未知数だ。

 トランプ大統領がパリ協定離脱、BEVへの優遇措置廃止、さらにはエンジン車の排出ガス規制緩和と、民主党時代のグリーンニューディール(環境技術を経済成長の柱にする政策)に完全に逆行する策を続々と打ったことで、トヨタの最大の得意先であるアメリカ市場におけるBEVの販売は混乱をきわめている。昨年、第4四半期(10─12月)のBEV販売台数は前年同期に比べて30%以上減少し、そのトレンドは1月も続いている。

 欧州ではBEVの販売が好調に推移しているが、これは手厚い公的なインセンティブが需要を後押ししているという感が強く、BEVマーケットが自律的に成長を続けるような段階にはまだない。

 BEVの最大市場である中国では地場企業が優勢である上、トヨタも他社との共同開発によるモデルが好調で、自社のオリジナリティが十分に発揮できている状況にない。

 すでに昨年の段階でトヨタは2026年のBEVのグローバル販売目標を150万台から100万台以下へと下方修正している。年間1000万台以上を売るトヨタにとっては1割以下のビジネスとなる。将来技術として必要であることに変わりはなくとも、ビジネスの優先度としては後回しにされやすい状況が生まれている。

 豊田章男氏の長男、豊田大輔氏はまだ37歳で、創業家への“大政奉還”にはまだ時間が必要。そこまでのセットアッパーとして、近氏にトヨタの上昇機運をスポイルするような判断ミスは許されない。

 世界の情勢がどう変化するかによって需要が大きく変動し、この先もいつ、どういうブレイクスルー技術が登場するかが不透明なBEVはトヨタといえども先が非常に読みづらい商品である。それをどうさばくのか、高い勝負勘があらためて求められるところだ。

関連記事

日産はなぜ信頼を失うのか、巨額赤字に「不誠実」な説明…決算発表で露呈したステークホルダー軽視の姿勢

世界のEV市場で今、何が起きている?テスラはEV工場を二足歩行ロボット工場に転換へ、そして日本メーカーは…

【トヨタ社長交代】なぜ3年で?佐藤社長、近次期社長の記者会見から読み解く2つの事情…高市政権“応援”の意図も?