うなぎパイの春華堂、甘納豆の販売が始まり 一家だんらん願った夜のお菓子【経済トレンド】

現在のうなぎパイ

 浜松市に本社を置き「うなぎパイ」をはじめとする和洋菓子の製造販売を手がける春華堂。1887年、山崎芳蔵が浜松に店を構えて甘納豆を売り出したのが始まり。(共同通信=浜谷栄彦記者)

 2代目社長の幸一が浜松を象徴するお菓子を作りたいと考え、1961年にウナギ粉を加えた「浜名湖名産・夜のお菓子 うなぎパイ」が誕生した。時は高度成長期。忙しく働いても、せめて夜はパイを食べながら一家だんらんで過ごしてほしいとの願いを込めた。

 当時の浜松は日本有数の歓楽街があった。ユニークなキャッチフレーズは精力増強を想起させ、多くの人に曲解されたが、1964年の東海道新幹線開通、その後の東名高速道路完成でお土産としての需要が急増。全国的に有名なお菓子となった。

 サクサクとした食感が特徴のうなぎパイは約9千層の生地が折り重なっており、約50人の職人が生産に従事。職人は師範を頂点に4階級あり、技術を継承している。

 看板商品以外にも、和栗を使ったようかんなどラインアップは豊富だ。「温故創新」を合言葉に研究開発に力を注ぐ。

1960年代のうなぎパイの製造風景=浜松市

1960年代に販売していた「うなぎパイ」の箱

1960年代のうなぎパイの製造風景=浜松市

春華堂の創業者、山崎芳蔵

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