最盛期の3分の1に「銀座に志かわ」驚くべき今の姿

GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERYの店舗(写真:筆者撮影)
※この記事は2025年7月公開記事を再配信したものです。
店内はほぼ貸切状態
いまやめっきりその名を聞かなくなった高級食パン。一説では、最盛期に1000店舗以上が乱立していたと言われる専門店も、現在は影を潜めている。
現状を確かめるべく、6月末にブームを牽引した『乃が美』『銀座に志かわ』の実店舗を訪れると、平日昼間ということもあってかほぼ貸切状態だ。加えて、品目を絞っている影響もあり、20~30坪の店内は寂しく映る。

『銀座に志かわ』の内観。裏で試食パンを仕込んでいる(写真:筆者撮影)

『銀座に志かわ』の内観。店内はシンプルで高級感が漂う(写真:筆者撮影)
2020年前後のブーム最盛期を振り返れば、食パンに特化したビジネスは、事業者にとって合理的だった。
いわゆる駅ナカやスーパーに併設されている一般的なパン屋は、菓子パンや惣菜パン、サンドイッチをはじめ、バリエーションが幅広いため作業工程や人件費が嵩む。
その一方で、高級食パン専門店は、ラインナップが絞られた業態であるため、オペレーション数を抑えられ、焼けば焼くだけ粗利を生み出せる旨みのある商売だった。

『銀座に志かわ』の「水にこだわる高級食パン(税込1100円)」(写真:筆者撮影)
”一本足打法”の限界
ゆえに参入障壁も低く、全国各地で似た業態がひしめいたわけだが、当然それはトレンドの後押しがあってのこと。ピークが過ぎ去り、店舗乱立によるブランド価値棄損が起こった現在は、いくら高品質な食パンを置いたとしても、消費者の来店動機は喚起されづらい。
店舗の前を通ったとしても、ショーケースに並ぶ商品が少なければ、それだけ足を止める確率は下がる。
言い換えれば、高級食パンの”一本足打法”で儲けられる時代が過ぎ去ったいま、生き残るためにはラインナップを拡げる必要が求められる。
そうしたバラエティ豊かな路線を進むのが『SAKImoto bakery』だ。チーズタルト『PABLO』の姉妹ブランドとして2017年に誕生した同ブランドは、現在“ベーカリーとスイーツを掛け合わせた”コンセプトで人気を博している。
開発にパティシエが参画
「もともと2017年の創業当初は『高級食パン専門店 嵜本』という屋号で展開していました。それから5年後の2022年秋に『SAKImoto bakery』にブランド名を変更。いわゆる1個300円前後で購入できる個食用のアイテムを増やしていきました。

『Sakimoto bakery and more』で提供するスイーツデニッシュ。価格帯は350〜450円(税込)(写真:Sakimoto bakery提供)
以前から、食パン以外に『塩トリュフパン』や『クロワッサン』を展開していたものの、リブランディング以降はスイーツ路線を強化。生クリームとあんこが入った『“極生”クリームあんパン』や、蜂蜜とバターを絡めた『“極美”ハニートースト』など、映えや話題性も狙えるアイテムを拡充しています」
そう語るのは『SAKImotoBakery』営業統括本部副部長の水倉弘貴氏だ。ベーカリー×スイーツのコンセプトのもと、『SAKImoto bakery』では現場にパティシエが参画し、商品開発に携わっているのも特徴的だ。

Sakimoto bakeryの店舗外観(写真:Sakimoto bakery提供)

Sakimoto bakeryの個食用のパン(写真:Sakimoto bakery提供)
「一例を挙げると、食パンにチョコチップやドライフルーツを混ぜた商品は、他社にはない商品だと自負しています。他のブランドでも、食パンに餡子が練り込まれている『あん食パン』はあるものの、パウンドケーキに近い発想で開発された食パンは他にはないと自負しています。
現場では、パン生地はベーカリー出身の社員が担い、クリームなどはパティシエが分担して開発している商品も多数です。それらを掛け合わせながら、試行錯誤を続けています。そのうえスイーツ的な要素を含んでいれば、マリトッツォのようなトレンドが訪れた時も対応でき、守備範囲が広いのも強みです」
公式インスタはフォロワー20万人弱
映えやトレンドを意識したマーケティングも奏功し、公式インスタグラムは20万人近いフォロワーを有する。
「インスタグラムのリール動画を見て、テレビ出演の依頼が入ることも珍しくありません。最近だと100万回以上再生された『“極美”ハニートースト – あんバター』や、夏季限定品の「極美“アイス”メロンパン」が紹介されました。

「極美“アイス”メロンパン(税込350円)」のココナッツバナナ味の断面。冷凍でもクリームにココナッツの風味が感じられる(写真:筆者撮影)

嵜本が夏限定で提供する 「極美“アイス”メロンパン(税込350円)」(写真:筆者撮影)
店頭のポスターや、新商品のリリースに関しても、デザイナーである直雇用の従業員が作成しており、メディアを通じて消費者との接点を絶やさないよう注力しています」
話題に事欠かなければ、客層や来店頻度も拡大する。『SAKImoto bakery』の売上構成比を見ると、40%が食パン、40%が個食用のパン、残り20%がジャムやフィナンシェといった派生品だ。食パンは常連の年配ファミリー層、個食はトレンドに敏感な20~40代の女性、派生品はギフトとして購入される層が中心となり、ほどよく客層が分散されることで収益も安定している。
さらに今後は、”ベーカリーとスイーツを掛け合わせた”コンセプトの新業態『SAKImoto bakery and more(以下and more)』も順次展開する。通常店舗に並ぶ20品目に対して、『and more』では約40品目を揃える。食パンのサイズも通常2斤から、1.35斤とスリムにして、個食寄りのスタイルを押し出していく。
「新業態では、商品構成と価格帯を、“食パン専門のプレミアム路線”と、“一般的なベーカリー”の中間にポジショニングしていく。そのなかでデニッシュやレモンケーキのようなバリエーションを充実させていく」と水倉氏。高級食パンの狙い撃ちができなくなった状況下で、ブランドの色を際立たせた方向に舵を切る。
最盛期の約40店舗から、2025年6月末時点で14店舗に縮小した『SAKImoto bakery』だが、2028年を目処に最盛期までの規模に戻すと意気込む。

SAKImoto bakery and moreの外観(写真:SAKImoto bakery提供)
同業他社を子会社化する理由
その『SAKImoto bakery』を、2024年に子会社化したのが、前出の『銀座に志かわ』を展開するOSGコーポレーションだ。同社はもともと浄水器の製造販売メーカーとして1970年に創業したのち、事業セグメントの拡大を狙い、後発ながら高級食パン業界への参入を決めた。
2018年の創業から僅か3年弱、2021年1月期(2020年2月1日~2021年1月31日)には業績41億4276万円(前年同期比60.1%増)を記録して、最盛期には国内外で約140店舗まで拡大を見せた。
業界でも成功が目立つ『銀座に志かわ』だったが、その後は頭打ちの状態が続き、『SAKImoto bakery』の子会社化に乗り出した。
「他のブランドとの資本提携も検討したが、『SAKImoto bakery』が魅力に映ったのは、インスタグラムのフォロワーを20万人近く抱えているところ。たとえ規模が小さくても、メディアに取り上げられる話題性があれば将来性も見込める。高級食パン全体のブームが落ち着いた現在も、『Sakimoto Bakery』はブランドが生きていると感じた」
OSGコーポレーション代表取締役の湯川剛氏は、そう買収の内情を明かす。いわば『Sakimoto Bakery』が商材を増やして再起を図るのと同様、OSGコーポレーションはポートフォリオを盤石にする形で復権を目論む。
とはいえ、単一の会社が、同じベーカリーブランドを複数構えれば、カニバリ(共食い)を起こす懸念もある。
そうした疑問に対して、湯川氏は「両ブランドのコンセプトを掛け合わせることはない」と明言する。『SAKImoto bakery』は従来通り女性層を狙うスイーツ色を、同様に『銀座に志かわ』も食パンの軸はブラさない方向性だ。

『銀座に志かわ』の売れ筋商品たち(写真:筆者撮影)

『銀座に志かわ』の「 極実 静岡クラウンメロンあん(税込1200円)」(写真:筆者撮影)
商機は中国にあり
では、『銀座に志かわ』の活路はどこにあるのかーー。その答えが「海外展開」と「イートイン」だ。
商機を感じたきっかけは2023年5月、中国初上陸となった『上海新天地店』のオープン時だった。中国では食パン1本2000円と、日本国内の倍近い価格帯の商材も用意したなか、開店時は数百人規模で行列ができたという。中国としても当時、食パン専門店は本土になく、その珍しさから客が殺到した。
「中国では、伝統的な朝食として、お饅頭やお粥、麺類、蒸しパンが主流で、いわゆる食パンを食べる文化があまり根付いていない。あるとしてもカリカリに焼いたトーストのようなパンが主流で、『銀座に志かわ』で展開する、焼かなくてもしっとりと美味しい食パンは話題性があったと見ている。
加えて、上海は世界でカフェが最多の都市で、中国全体で見ればスタバの店舗数もアメリカに次ぐ2位となっている。カフェ文化が栄える14億人の商圏に、ベーカリー業態をいち早く構えれば、業績も好転していくと考えた」
OSGコーポレーションは2024年4月、上海に50坪のカフェ併設型店舗をオープンし、2025年8月には、上海のモール内に”食パン専門店レストラン”の開業をはじめ、海外出店に攻勢をかける。こうして海外でイートイン形態の進出を進めつつ、日本国内でもカフェ併設店舗を“逆輸入”していく算段だ。
月商500万円のカフェ併設型店舗
その先駆けとなったのが、2025年3月31日に、専門店からの業態転換で開業した『GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERY』だ。徒歩圏内に歌舞伎座や築地場外市場が位置するインバウンドの玄関口で、まずは様子を見る。

『GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERY』の内観(写真:筆者撮影)
実際に、休日の夕方に来店すると、20~30坪規模の路面店には、それなりに客足が見られた。1時間半ほどの滞在で、テイクアウトとイートイン合わせて、15組(人数で言えば20人強)の来店客が確認できた。そのうち半数はインバウンドで、ならすと客単価は1000円強といった所感に落ち着く。
イートインでは、サイフォンで淹れたブレンドが680~800円(税込、以下同)や、味玉や奈良漬が入ったたまごサンドが600円で並ぶ。

『GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERY』はサイフォンでコーヒーを淹れている(写真:筆者撮影)
折角なので、たまごサンドに、クロワッサン(480円)、アイスコーヒーを注文すると、値段以上のクオリティを感じられた。サンドイッチは、口溶けの良い甘さ控えめのパン生地に、タルタル感のある卵ペーストが馴染む。

『GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERY』の『味玉たまごサンド』(写真:筆者撮影)
クロワッサンは手のひらからはみ出るほどの大きさで、冷えてもバターの風味が嬉しい。優雅に店内で過ごしていると、「今日は塩バターロールパンが売り切れ?」とリピーターらしき声も耳に入った。

『GINZA NISHIKAWA COFFEE ROASTERY』で頼んだ商品。合計で税込1680円(写真:筆者撮影)
聞けば、月商は500万円ほど。おおよその内訳は、食パンが50%、サンドイッチなどの個食パンが20%、そしてコーヒーが30%に分かれる。「坪あたり25万円ならまあ合格点ですね」と頷く湯川氏は、将来的に国内でもカフェ業態の展開を視野に入れる。10月には三田に、11月には蔵前に新店舗を開業すると明かす。
また、ブームが鎮火した中でも、「主食である食パンは需要が底堅い」と湯川氏。銀座に志かわでは毎月、催事(百貨店や商業施設などの通常店舗以外で商品を提供するイベント)を行っているなか、今年4月に大宮駅構内で開催した際は1日平均500本を販売したという。
総括すれば、浮き沈みを経験した高級食パン専門店は、各ブランド独自の活路を見出している。ベーカリー業態への転換や、スイーツ色を押し出したコンセプト、カフェ併設のイートイン路線、海外展開……。取材した2ブランドだけで、方向性は多岐にわたる。
裏を返せば、かつて食パンという限られた商材で、1000店舗以上が乱立したブームの特異さが際立つ。何となく世間は群がり、そして自然にさめていくーー。一見、一過性の流行は実態が掴みづらいが、それだけ複合的な要因が絡み合った証左でもあり、得てして移ろいやすいのが本質なのかもしれない。