「文系は役に立たない」から一転。AI時代に、なぜトップ企業は「人文知」に投資するのか

撮影:前田恵里

10年ほど前、日本の国立大学における「文系学部廃止」の議論が世間を騒がせた。2015年に、文部科学省が国立大学へ出した通知を発端としたこの騒動の背景には、「文系学問は理系に比べ、産業に寄与するような実践的な知に乏しい」という根強い考えがあった。

しかし、それから10年が経過した現在、ビジネスの最前線ではその価値観が変わりつつある。

2023年7月にはNTTが中心となり、京都大学と「京都哲学研究所」を設立。また、2025年7月には、メルカリが大阪大学と「メルカリR4Dラボ・大阪大学協働研究所」を立ち上げ、共同研究を開始するなど、人文学・社会科学(以下、人文知)の領域に投資する動きが目立ってきた。

そんな変化のなか、研究者とビジネスの橋渡しを担うのが、一般社団法人デサイロ代表理事の岡田弘太郎氏だ。人文知の研究者と伴走し、次の時代を形作る思想を社会に実装する「アカデミックインキュベーター」として活動する岡田氏と、IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.]を率いる辻村和正氏の対談から、イノベーションにおける人文知の役割と、その具体的な活用法を紐解いていく。

ビジネスで求められる深い「人間理解」「文化理解」

デサイロ代表理事の岡田弘太郎(おかだ・こうたろう)氏

「ビジネスと人文知の接点を考えるうえでは、製品・事業開発において、人間と社会に対する深い理解や、意味を問い直すことによる価値創造への要請があると思っています」(岡田氏)

そう語る岡田氏は、社会の不確実性が増した結果として、近年の人文知への関心の高まりがあると見ている。国際情勢の不安定化やビジネスの構造的変化、さらには従来の定量調査やマーケティングリサーチではユーザーを捉えきれない状況のなかで、現代のビジネスシーンにおいて、より深い人間理解や文化理解が求められるようになったというわけだ。

実際に、海外ではデンマーク発のReD Associates(レッドアソシエイツ)のように、人文知に根ざした戦略コンサルティングファームも活躍しており、名だたるグローバル企業をクライアントに抱えているという。

また、岡田氏が人文知の有効性を示す例として挙げたのが、哲学者リチャード・ローティが1998年に著した『アメリカ 未完のプロジェクト』という書籍だ。同書は、将来的に「投票すべき強い男」が現れて社会が分断されることを予見しており、現在のトランプ現象を彷彿とさせる内容を含んでいる。

「例えばアメリカ社会・市場を捉えようとしたときに、テック右派やキリスト教保守派などの理解が求められます。その際、哲学、宗教学、歴史学、政治思想など、多岐にわたる学問を通じて現象を捉えなければ、その深層にはたどり着けないと考えています」(岡田氏)

ゴールドウィンとの探索活動で生まれたもの

岡田氏がデサイロを立ち上げた背景には、2018年からテクノロジーメディア『WIRED』日本版に編集者として勤めた経験が関わっている。