「なぜ東大には女性が少ない?」——林香里理事・副学長と考える“居心地の悪さ”の壊し方

撮影:高木亜麗
東京大学はいま、多様性の海へと大きく舵を切っている。
2021年4月、藤井輝夫総長による「理事の過半数が女性」の新体制が話題となり、同年9月には多様性(ダイバーシティ)と包摂性(インクルージョン)を基本理念のひとつに置く、大学運営の基本方針「UTokyo Compass」を策定。そして、2022年6月に「東京大学 ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を制定し、逆風が吹く2025年5月にも、「DEI推進は、現代の世界が取り組むべき普遍的課題である」と、力強く宣言した。
「新しい価値観を示し、課題に取り組む姿勢を最初に見せることが、東京大学の責任」と語るのは、国際・ダイバーシティ&インクルージョン担当の理事・副学長 林香里さん。構造的な男女比の偏り、そして根深い「無意識のバイアス」という高い壁に、どう立ち向かってきたのか。
「交差性」からみえる、マイノリティが抱える困難
前総長である五神真氏が現体制へ引き継ぐ際、「最後にやり残したこと」としてあげたのが、ジェンダー平等の課題だった。東京大学の女性比率は学部学生 約21%、教員は約19%(2025年度)と、日本の大学の中でもとりわけ男女比の偏りが大きい状況にある。前総長の特任補佐でもあった林さんは、理事・副学長に就任した2021年当初から、その課題への取り組みとともに、「学内のマイノリティ・グループ同士をつなげたい」と抱負を語っていた。
「マイノリティの問題は、女性・障害者・LGBTQ+・出身地や居住地域などが重なったところに顕著に現れます。たとえば、障害者のなかでも男性より女性が社会進出を阻まれているように、多くは二重、三重のマイノリティ性を背負っている。そうした『交差性』を重視しながら、当事者と話し合うこと。加えて、女性学や障害学、セクシュアリティなどを専門とする研究者が一堂に会する場を設定することに注力してきました」(林さん、以下同)
2024年4月、別々に活動してきた「バリアフリー支援室」と「男女共同参画室」が「多様性包摂共創センター(Center for Coproduction of Inclusion, Diversity and Equity、通称:IncluDE/インクルード)」に統合。2025年9月のキックオフイベントでは、手話狂言のパフォーマンスやワークショップが行われ、視覚障害を持つ卒業生のスピーチも披露された。それはまさに林さんが描いたビジョン、「すべてを包摂し、そこに研究者も当事者も一堂に会する」形が実現した瞬間でもあった。
誰にもマイノリティ性があるのだけれども、この世にはそれが幾重にも重なった交差性に苦しむ人が存在する。IncluDEが設立されたことによって、複雑な課題をより説得力をもって問題提起し、議論する場を提供できるようになった。
役員から学生まで。説得力が増した、学内研修プログラム

撮影:高木亜麗
意識改革は、トップから学生まで全方位で行われている。
東京大学では2023年から、役員を対象に、「D&Iへの理解の深化・定着促進セミナー」が年に一度、開催されている。役員・部局長・副理事・本部部長・事務部長らが参加するセミナーの内容は、IncluDEが誕生してから大きく進化し、2025年度は障害当事者研究の第一人者で、IncluDE副センター長でもある熊谷晋一郎氏が司会を務め、ロールプレイ形式で行われた。
また、毎年全教職員にオンライン研修も実施している。部局ごとの受講率を会議で公表するなど受講を促し、2025年度は初めて受講率が80%の大台に乗った。教員採用をする際に活用できる「無意識のバイアスシート」を配布するなどして、「女性だからできない」「活躍しているのは男性だから」といった思い込みに気づかせる活動を地道に続けてきたことで、教員側の意識は以前と比べてずいぶん変わってきたようだ。
そして学生に向けては、前期教養課程生(1〜2年生)向けの学生生活におけるダイバーシティーとインクルージョンをテーマにした動画視聴を促し、駒場キャンパスではジェンダー論や障害学など、D&I関連授業が多数開講されるようになった。
駒場祭では、学生たちが生理のリアル運動への参加やミニコミを出し、そこに男性の学生たちが生理痛の体験ブースを出すなど、自発的に活動するグループが増えたことに、林さんも驚いたと語る。学生から声が上がった「生理用品の無料配布」は教員のサポートもあり、駒場キャンパスから本郷キャンパスにも広がっていった。
そうした先進的な学生がいる一方で、「女子なのに、東大?」などと心ない言葉を口にする学生もまだ存在するという。言われた相手がどれほど傷つくかに想像力が及ばないのだ。ならば気づいてもらうしかない、と展開されたのが、「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」を可視化した、2024年5月の「#言葉の逆風」キャンペーンだった。
「#言葉の逆風」キャンペーンは、大きな話題に

画像提供:東京大学
IncluDEの若い特任研究員や特任助教たちが「#言葉の逆風」キャンペーンの企画案を出してきたとき、林さんは刺激的な内容に当初、躊躇したという。ポスターを見ることでフラッシュバックする人がいたり、女性に対する風当たりがかえって強くなったりすることを心配したからだ。しかし、若い特任助教たちはあきらめず、策を講じて次々と修正案を出してくる。
最終案は、ポスター1枚目はシンプルな問いのみを掲載、めくった2枚目に女性たちが実際に浴びせられた数々の言葉と、それを受けた女性の表情を表現したものだった。
林さんは意を決し、総長も参加する会議でプレゼンすると、大きな反対もなく無事承諾された。貼り出されたのは本郷キャンパス、駒場キャンパス(I・Ⅱ)、柏キャンパスだが、その噂は学外にも広がり、「#言葉の逆風」キャンペーンは大きな話題となった。
「キャンペーン中、そっと食堂へ行くと、『なぜ東京大学には女性が少ないのか』と書かれたトレイ上の紙を見ながら、学生がラーメンを待っている。その姿を見て、思わず涙が出ました。キャンペーンをきっかけに対話が生まれ、シンポジウムも開催することに。若い研究者たちがあきらめず頑張ってくれて、本当によかったと思っています」
意識を変えるには、イメージを共有することが大事。直近では2025年12月、女性に対する暴力撤廃のシンボルであるパープルリボンにちなんで、本郷キャンパスの正門が紫色の光に染まる「パープル・ライトアップ」も実施された。ライト点灯には総長と役員が参加した。

正門のライトアップを通じて、ジェンダー平等やハラスメント・暴力の根絶の重要性を発信。
「近代科学」の欠落を取り戻す。東大が果たすべき責任

撮影:高木亜麗
さまざまな施策を通して意識改革は進められてきたが、東京大学における学部学生の女性比率はいまも2割にとどまっている。決して女性の合格率が低いわけではない。受験段階で男性8割、女性2割という割合は変わらないのだ。
入学を希望する女性が少ない理由を、林さんは「一発勝負の受験にかけてリスクを取るには、『コスパが悪い』と考えられているのではないか」と指摘する。特に地方では、「女の子をわざわざ東大に行かせなくてもいい」と考える親や教師たちが今もたくさんいると聞く。
一方、教員採用はどうかというと、女性比率向上に取り組んでいるが、退職する教員の入れ替わりとともに次世代へと徐々に移行していくものであるため、 一朝一夕に解決するものではない。加えて、日本の研究者の女性割合は17.5%(*1)とOECD加盟国の中で最下位であり、日本全体の課題でもある。
林さんはまた、科学とジェンダーという観点から、東京大学Beyond AI研究推進機構「AIと社会」において「AIとジェンダー」をテーマに研究を進めている(たとえば、女性差別につながる機械学習をどう修正するかなど)。そこではコンピュータサイエンスの研究者とメディア研究、科学技術社会論、歴史学の研究者らが協力しながら進めてきた。「マイノリティが科学技術とどのような関係にあるかを考えるのは、東京大学の大きなテーマ」と位置づける。
長らく薬や工業製品などが男性規格で作られてきたのは、近代科学が女性の声を聞かずに発展してきたから。近年ようやく性差を考慮して研究や開発を行う「ジェンダード・イノベーション」が叫ばれるようになってきたが、研究の場に女性が少ないと、新たなイノベーション創造の機会損失にもつながる。だからこそ、女性の学生・研究員・教員を増やそうと力を入れるわけだが、この問題は社会構造や文化にも関わる。東京大学が単独で解決できるものではないだろう。
だが、林さんは「新しい価値観を示し、課題に取り組む姿勢を最初に見せることが、東京大学の責任」で、「親、地方、学校教育、政治……と、できない理由を数えればキリがないが、取り組むべき課題は明らかなので頑張るしかない」と前を向く。そんな林さんの想いは、IncluDE内にあるジェンダー・エクイティ推進オフィスのメンバーにもしっかりと共有されているようだ。
「私たちの活動は、最初は小さなラーメン屋台だったけれど、『#言葉の逆風』キャンペーンやパープル・ライトアップなどの施策により、ポップアップショップのように広がり、2027年3月には東京大学初の「D&I棟」が完成します。今やジェンダー・エクイティ推進オフィスでは『次は路面店進出』が合言葉になっています」
(*1)令和4年男女共同参画白書
仲間を見つけるための「場づくり」は、上司の役目

撮影:高木亜麗
ジェンダーは私たちの生活を規定する最も重要な属性のひとつで、子どもが産まれると、つい「男の子?女の子?」と聞きたくなる。それほどまでに、ジェンダーは、その人の生のあり方に対する想像力を強く喚起する枠組みなのだ。社会に強固に確立されたものを変えるには、ひとりで立ち向かうのは容易ではない。戦い疲れて心折れそうになったとき、愚痴を聞き、味方になってくれる仲間がいると、ほんの少しでも前に進める。そんな経験を林さんはこれまで何度もしてきたそうだ。
「本当につらいとき、嵐の中で雨露をしのげるような仲間やアライの存在はとても重要です。偉い人とのタテのコネクションよりも、仲間とのヨコのつながりが重要。仲間同士でつながるほうがどれほど力になるか。若い人たちには、ぜひ仲間を大切にしてほしいと思います」
もし同じ部署に仲間がいなければ、別の部署や外部にも視野を広げて仲間を探し、つながることが大事。そうした仲間を見つけるための「場を作るのは、上司の役目」だと林さんは考えている。だからこそ、ネットワーキングの機会やランチ会などを開催するのだ。
東京大学は、2027年に創立150周年という節目を迎える。IncluDE設立や数々の取り組みを通して、学内の意識や価値観は確実に変わってきた。
あとは「自分がいなくても回っていく体制を構築すること」、それが喫緊の課題だと林さんは言う。理事・副学長の任期は、2027年3月まで。進めてきた改革を持続可能な仕組みにすることは東大だけでなく、日本社会も変えることにもつながっていく。そのためにも、林さんは歩みを止めない。
(取材・文/山本千尋)