【中東エネルギー情勢】アジアで急増した「EV特需」の賞味期限。日本の自動車メーカーにチャンスはあるか

イラン情勢で息を吹き返したEV特需の「賞味期限」, EV普及のボトルネックは解消されていない, 泥沼のイラン情勢、日本の自動車メーカーの勝機は, 実は新技術の開発につながるエネルギーショック

トヨタが国外で展開するEV「アーバンクルーザー」。スズキのOEM車両だ。2025年のインドネシア国際オートショーに展示されていた。

アメリカの大手金融メディア・ブルームバーグが3月23日付で報じたところによると、イラン情勢の緊迫化に伴う世界的なエネルギー高を受けて、アジアで電気自動車(EV)の特需が発生しているという。一例として、フィリピンの首都マニラの金融街にある比亜迪(BYD)の販売店では、過去2週間で1カ月分の注文が入ったそうだ。

日本を含めたアジア各国は、中東産エネルギーへの依存度が高い。ゆえに、イラン情勢の緊迫化に伴うエネルギー高の悪影響が直撃している。フィリピンの場合、イラン情勢の緊迫化を受けて、灯油やガソリンの値段が倍以上になっている。フィリピン政府は3月24日にエネルギー非常事態を宣言し、国民に燃料の節制を呼びかけている。

EVは電気で動くため、今般のようなエネルギーショックには強いと思われていることが、買い替えのタイミングを迎えた自動車ユーザーに支持されているようだ。こうした動きはベトナムの首都ハノイや、ニュージーランドの首都ウェリントンなどでも生じている。普及が停滞していたEVが、息を吹き返したというわけだ。

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【図表】フィリピンの電源構成(2023年)。

イラン情勢で息を吹き返したEV特需の「賞味期限」

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フィリピンのケゾンで開かれたアウトドアフェスティバルの様子。BYDのPHV車両「Shark 6」が展示されている。EVのみならずいかに燃料費を抑制するかは、原油の輸入国全体の短期トレンドになるだろう。

問題は、EV特需の賞味期限だ。この潮流はそれほど長いものにはならないだろう。第一、電力供給そのものがひっ迫すれば、EVはそもそも、走行できない。フィリピンを例にすれば、2023年時点で電力の7割を火力発電で賄っている(図表)。その内訳は石炭が34%、石油が30%、天然ガスが4%。これらのほとんどを、フィリピンは輸入している。

残り30%は再エネだが、言い換えればフィリピンは、発電の3割しか自活できない。今般のエネルギー危機で、石油やガスのみならず、石炭の価格も急騰している。あらゆる化石燃料の供給がタイトなのだから、電力の供給は否応なしに不安定になる。この状態が続けば、旧型の内燃機関だろうと新型の電気機関だろうと、走るに走れない。

アジア各国で国内の工場が稼働できなければ、中国本土からのEVの輸出が増えるため、中国経済にとって追い風だという話もある。ただし、そうしたEVも電気がなければ走れない。化石燃料の自給率が高いインドネシアやマレーシアでさえEVの普及は一過性だろうし、そうした強みを欠くフィリピンやタイ、ベトナムなどでの普及はさらに制限されよう。

EV普及のボトルネックは解消されていない

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マレーシアの首都クアラルンプールの路上に駐車されたBYD車両。後ろにはテスラの最新型Model3が停まっている。

近頃のアジアでは中国のEVメーカーの躍進が目覚ましく、コンパクトカー需要を日本の自動車メーカーから奪っている。一方、反転攻勢を図る日本の自動車メーカーも、ガソリン車やハイブリッド車(HV)を基本としつつ、現地向けにEVの生産を強化しているようだ。アジアでもまた、自動車の電動化が“メガトレンド”といっていい。

ただし、これはアジアだけの課題ではないが、EVの普及には、充電スタンドの不足というボトルネックを解消する必要がある。シンガポールのような都市国家や、タイの首都バンコク、マレーシアの首都クアラルンプールといった大都市を除けば、充電スタンドはまだまだ不足している。ヨーロッパの主要都市でさえ、普及は遅れている。

つまり、エネルギーショックを受けてEV需要が喚起されたところで、そもそも制度インフラが追い付いていないのだから、EVの普及が進むにも限界がある。エネルギーは経済活動の血液だ。その流れが不安定となり、経済活動全般が滞るかもしれないタイミングで、充電スタンドの整備が加速するなどということはありえないストーリーだ。

それに、電力の供給が不安定化しかねない折も、乗り合いバスなど公共交通機関として利用されるならいざ知らず、私用のEVにだけ電力が優先的に供給される道理は、まずない。そもそもEVの価格は、いくら中国のEVが廉価だとしても、まだまだ高い。とはいえ、エネルギーショックの渦中にEVユーザーに補助金を出すのもおかしい。

要するに、イラン発のエネルギーショックが生じたからと言って、アジアのEV需要が大きく吹き返すという見方は楽観が過ぎる。エネルギーショックがEV普及のボトルネックを払しょくすることなどありえないからだ。早晩、アジアのEV需要は一服するだろう。ヨーロッパでもEV需要が喚起されているが、これも同じ結末となるはずだ。

泥沼のイラン情勢、日本の自動車メーカーの勝機は

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給油の行列ができているチリの首都サンティアゴのガソリンスタンド。

繰り返しとなるが、イラン発のエネルギーショックに際してEV需要が喚起されているものの、その賞味期限は限定的だ。自動車の電動化はメガトレンドだが、とはいえEVが絶対的なゴールではない。通常のHVやプラグインHV(PHV)にもメリットは大きいし、このショックを機に、HVやPHVの技術革新が進む展開も意識される。

確かに、アジア市場において中国のEVメーカーはプレゼンスを上げているが、だからといって、今回のエネルギーショックをきっかけに日本の自動車メーカーが一方的に劣勢に追いやられるほど、構図は単純ではないのではないか。短期的に中国のEVメーカーが躍進するとしても、中長期では盛り返すチャンスは大きいと考えられる。

実は新技術の開発につながるエネルギーショック

そもそも、エネルギーショックはこれまで、さまざまな新技術の開発につながった。世界は戦後、1973年と1979年に、二度の大きなオイルショックに見舞われた。これらのショックを受けて、できるだけガソリンを節約しながら航続距離を稼ぐために開発された、実装された技術がHVだ。

イラン発のエネルギーショックもまた、中長期的には新技術の開発につながる可能性を持つ。その方向はよく分からないが、例えば現在よりもさらにガソリンの利用料が削減されるHVが開発されるかもしれない。それにEVの場合、走りながら充電する技術が実装されるかも分からない。そして、そうした技術の普及の是非を決めるのは競争だ。

価格が低下しなければユーザーには普及しない。価格を低下させるためには、公正な競争が行われる必要がある。競争をスムーズにするためには、政府が不必要に介入をしないことが肝要だ。補助金を与えたり減税を行ったりすることは、本質的に需給の調整を阻害する。

特定の技術を補助金や減税で無理やり普及させたところで、そうした技術など外的なショックで直ぐに廃れてしまう。各国とも政府が企業を支援する姿勢を強めているが、その実、安易なサポートは競争を阻害する悪手でもある。

イラン情勢は、残念ながら泥沼化の様相を呈している。当然、エネルギー価格も長期にわたって高止まりする可能性が高い。

自動車に限ったことではないが、こうしたショックを乗り越え、新技術を生み出すことができる企業であり、そうした企業を生み出す土壌がある経済が、結局のところは次世代の勝者となるのではないだろうか。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です