相互関税を発表した「解放の日」から1年、米国の貿易赤字はどれだけ減ったのか? 副作用として残ったドル離れの憂鬱
2025年、米国の赤字は減ったのか?
2025年4月2日、トランプ大統領が「相互関税(Reciprocal Tariffs)」の導入を宣言し、その日を「解放の日(Liberation Day)」と名付けてから、ちょうど1年が経過した。米国の経済政策が「多国間協調と自由貿易」から「完全なる相互主義と自国第一主義」へと180度転換した、歴史的なパラダイムシフトだったと言える。
その後、違憲判決に伴い、政策の修正を強いられているものの、トランプ政権の基本姿勢が変わる雰囲気はない。まだ記憶に新しいように、昨年4月の金融市場はその影響や意義を懸念する思惑から大荒れの様相を呈した。過去1年を経済・金融情勢に照らしながら簡単に振り返り、その意味を総括しておきたいと思う。

2025年4月2日に相互関税を発表したトランプ大統領(写真:代表撮影/picture alliance/アフロ)
まず大前提として、この政策自体が「貿易赤字は悪」「ドル安にすれば輸出が増えて改善する」というトランプ大統領の価値観に駆動されていることは周知の通りである。それゆえ、米国に対して巨額の貿易黒字を積み上げるEUや中国、そして日本のような国・地域に強く当たってきたのは第一次政権時代から一貫している。
では、2025年、米国の貿易赤字は減ったのか。
2025年通年の貿易赤字は▲1240億ドルと過去最大を更新している(図表①)。これは1~3月に相互関税導入を見越した駆け込み輸入(諸外国から見れば対米輸出)があったからであり、実は4~12月はすべての月で貿易赤字が前年比で縮小している。

【図表①】
具体的には前年比で見た場合、1~3月には1863億ドルの赤字拡大が見られた一方、4~12月では1608億ドルの赤字縮小が見られている。後述するように、駆け込み需要が剝落する2026年では赤字縮小が続く可能性はある。
しかし、2025年の貿易赤字が拡大した背景には、関税コストの転嫁やサプライチェーン再編に伴う摩擦によって輸入品の「数量」が減っても「価格」自体は上昇するため輸入「金額」が高止まりしているという実情もあった。また、農産物や自動車・工業製品といった米国側の輸出にも相手国からの報復関税が存在するため、輸出の伸びが抑えられるという事情も寄与した可能性がある。
なお、不規則な言動や政策運営によってトランプ大統領が所望していたドル安は名目実効為替相場(NEER)で▲7%以上(2025年通年)の暴落と大いに実現したが、案の定、輸出は増えなかった。
エネルギー価格の高騰が貿易赤字を相殺
2026年は駆け込み輸入が存在しないのだとすれば、数字上は改善(赤字縮小)に至る可能性がある。また、イラン攻撃の影響も改善要因として作用するだろう。
前者の駆け込み需要に関しては、2025年に行われた在庫積み増しの結果、過剰在庫が注目される状況になっており、こうした展開は米連邦公開市場委員会(FOMC)を含め警告されていた論点ではあった。
例えば、2026年1月分の米卸売在庫は前月比▲0.5%の9093億ドルで、2024年12月以来、最大の減少となったことが既に大きく報じられている。従前の在庫水準が非常に大きく、取り崩し(在庫調整)が起きているのだとすれば、今年は内需主導で輸入が増えるような状況ではないだろう。
そもそも相互関税を通じてもともと燻っていたインフレ圧力が残存しており、消費者の購買力も劣化していることに留意したい。
輸出側に目をやれば、原油価格や液化天然ガス(LNG)の価格急騰は資源国である米国のエネルギー輸出を大きく押し上げる。非エネルギー部門の赤字を、エネルギー部門の黒字が強引に相殺する構図が強まり、全体の貿易赤字を縮小させることが予想される。中間選挙の頃には「相互関税政策により貿易赤字が縮小した」という事実を喧伝するのだろうか。
「解放の日」以降鮮明になったドル安下での円安
金融市場ではドル安・金利上昇・株高という1年だった(図表②)。この間にイラン攻撃が発生しているため、純粋に相互関税政策の影響だけを反映しているわけではないものの、やはり歴史的なドル安と米金利の高止まりが併存したことに注目したい。

【図表②】
周知の通り、「解放の日」を境として金融市場では「ドルの基軸通貨性」に疑義が生じ、「ドル離れ」やこれに伴う欧米資金ローテーションが争点になった。ドルNEERは「解放の日」から1年で▲5%下落しており、2025年通年に限れば▲7.2%も下落している。「解放の日」からの1年間について下落幅が小さくなっているのは、イラン攻撃を経た「有事のドル買い」により値を戻す動きが反映されているからだ。
表に示すように、為替市場全体ではドル相場からの退避が進んでいる一方、対円ではドル相場が急騰している。昨年来の本コラムでは「ドル安下での円安が続く」という異質性を議論し、その継続を予想してきたが、イラン攻撃を経て日本の対外経済部門の脆弱性が露呈し、はっきりとその流れが定着しているように見受けられる。
米金利は高止まりしている。一般的に「ドル離れ」というフレーズは、絶対的な安全資産として見られていた米国債からの離反を意識して使われることが多い印象である。この点、対米証券投資統計における海外から米国への米国債買い越し額は継続しつつも、徐々に細っているという事実はある(図表③)。

【図表③】
ちなみに、米株式への流入は急増しており、実際に米株価は過去1年間で急伸している。「米政府は信用できないが、米企業は信用できる」という市場心理を反映しているように見え、非常に興味深い。なお、米金利高止まりは世界の外貨準備運用において脱ドル化が着々と進められている動きとも平仄が合うだろう(世界の外貨準備動向については別の機会を設け議論したいと思う)。
「解放の日」だけが原因だったとは言えないが、もともと燻っていた「ドル離れ」の思惑に対し、相互関税政策が「渡りに船」のように機能したという側面もあるのではないかと筆者は考えている。
現状では成功とはとても言えない関税政策
「解放の日」を契機にトランプ政権下の米経済は、グローバルなルールから離脱し、自由な政策の裁量を手にした。それだけを聞けば耳障りは良いものの、1年経過した時点で言えることは、実体経済に関しては実需に基づかない在庫の積み上げ、関税を通じた価格転嫁によるインフレの再燃であり、金融市場に関しては予測不能な政策運営を映じた「ドル離れ」(その結果としてドル安と米金利上昇)であった。関税政策が米国民にとって成功だったとは今のところ言えないだろう。
そもそも関「税」は文字通り、最終的には自国の消費者がコストを負担する税金であり、その得た税金で何をなすかが問われている。この点、トランプ大統領は選挙戦の段階から「関税によって得た莫大な資金で最終的には連邦所得税を完全に代替・撤廃する」という構想を語っていた。
連邦政府の歳入の約半分が所得税なのだから完全撤廃は非現実的だが、トランプ減税の恒久化や、チップ・残業代・社会保障給付への非課税措置など家計部門に対する直接税を減らすという方向に修正されている。
しかし、上で見てきたように、結局、関税により購買力が劣化していることまで含めれば元の木阿弥である。その上で2026年2月の最高裁判決(IEEPAによる関税の無効化)があり、その財源も怪しくなっているのは周知の通りだ。「解放の日」に描かれていた青写真とはかなり乖離した現実に直面していると言わざるを得ない。
リスクは米金利高止まりと株安
また、金融市場の混乱は今のところ抑制されているものの、不安は残る。最もありそうなリスクシナリオとしては、「ドル離れ」の副作用である米金利高止まりが米株価のバリュエーションにも影響するという可能性だ。
現状、米家計金融資産の4割以上が株式で構成されている以上、株価の大幅調整は逆資産効果を通じて消費・投資意欲を抑制するはずである。「解放の日」やイラン攻撃に象徴されるような孤立主義(ドンロー主義)が続く限り、安全資産としての米国債の評価は動揺が続くはずだ。この点、FRBがどこまで制御できるのかも不透明である。
また、為替市場におけるドル相場の不安定性が過去1年間で増したことについても触れておきたい。
周知の通り、過去1年でドル相場は全面安と全面高を行き来している(図表④)。足もとで直面している「戦時下のドル需要」という短期的かつ不可抗力なドル買いを除けば、ポートフォリオにおけるドル比率を積極的に引き上げようという中長期的な投資意欲は決して根強いものではないと考えられる。過去1年間、総じてドル安と米金利高止まりが併存した事実は、ドル建て資産からの資金流出が進んでいる実情を反映しているはずである。

【図表④】
為替市場の見通しを策定する上では短期的なドル買いの持続可能性と、長期的(かつ構造的)なドル売りの妥当性に鑑みながら、時間軸に合わせた戦略を提示する必要がある。少なくとも現在直面している戦時下でのドル全面高をもって、相互関税政策の妥当性やドルの基軸通貨性を議論することがミスリーディングであることは強調しておきたい。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2026年4日3日時点の分析です
2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中
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