今の農政では「日本から農家いなくなる」2年連続となった「令和の百姓一揆」で、この1年の変化を聞くと
トラクターが市街地を行進し、持続可能な農業のための所得補償を求める「令和の百姓一揆」が3月末、東京都心であった。コメの価格高騰が社会問題となった昨年に続き、今年で2年目。足元の米価は下落に転じ、世間の関心も薄れつつある。だが、生産者が抱える事情に寄り添った政策を進める必要性がなくなったわけではない。参加者の率直な思いを聞いた。(中川紘希)
◆「食がプツンと途切れてから騒いだって遅い」
「『1年間で行政が変わったか』と聞かれるが、何も変わっていない」

「令和の百姓一揆」で行進するトラクター=3月29日、東京都港区で(中川紘希撮影)
3月29日、デモ行進出発前の集会で「令和の百姓一揆」実行委員会代表で山形県の米農家・菅野芳秀さん(76)がこう訴えた。高齢化する農家の廃業は今後さらに進むとし「日本から農民がいなくなり、食がプツンと途切れる。その段階で大騒ぎしたって遅い」と強調。「国民的解決が必要。私も足腰悪いけど、先頭に立って戦い続ける」とあいさつした。
ホラガイの音とともに、トラクターが東京・青山公園を出発。軽トラックと合わせた計28台が、表参道や原宿をゆっくりと練り、代々木公園まで約3.5キロを行進した。
車両に続き、参加者がちょうちんやうちわを手に行列をつくり、米農家だけでなく全ての農業者への所得補償を求めた。沿道では、観光客らが写真撮影したり「がんばれ」と声をかけたりしていた。
◆物価高で農業を続けることが難しくなっている
実行委によると、昨年の参加は約4500人だったが、今年は約1200人に減少。全国18カ所で開催したため参加者が分散したほか、米価の高騰問題への関心が薄まっていることも要因とみられる。参加した千葉県野田市の農家・和田秀麿さん(68)は「一般の人に『農業はもう大丈夫』と思われていないだろうか。物価高もあり農業を続けることが難しい人も多いのに」と嘆いた。
行進前の集会では、農家らがそれぞれの思いを語った。

「百姓一揆」の出発前に食と農への思いを語る農家ら=3月29日、東京都港区で(中川紘希撮影)
栃木県日光市の男性は「3年前まで無農薬で米作りをしていた」と自己紹介。今は派遣社員として工場で働いているとし「農家として暮らせなかったのは全てが政治のせいとは思わない。経営努力が足りなかった。でも、戸別補償があれば違う結果になったのではないか」と説明した。
千葉市の酪農家・金谷雅史さん(42)は「昨年の百姓一揆をやったことで農政予算がちょっとだけ増えた。トランプ米大統領との関税交渉も(海外産のコメが大量に輸入されるといった)最悪の方向にはいかなかった」とみる。「声を上げることに意味がないことはない。納得いかなければ声を上げ続けなければならない」と呼びかけた。「日本の食と農を」と叫び、参加者たちは「守ろう」と拳を突き上げた。
◆「自国民を飢えさせる『セルフ兵糧攻め』」
東大の鈴木宣弘特任教授(農業経済学)も会場に駆けつけ「生産者もコスト高で辞めていき、消費者も所得が減って苦しい。農家への所得補償をすれば両者のギャップが埋まり、自給率も上がるのに国はやらない。これは政府が自国民を飢えさせる『セルフ兵糧攻め』と言っていい状況だ」と批判した。
鈴木氏が提案したのは「飢えるか植えるか運動」。「地域ごとに、農作物をみんなで作ってみんなで食べる取り組みを進めよう。各地にローカル自給圏を構築し、食と農の自立を広げていこう」と訴えかけた。
◆米騒動は一見落ち着いているが…
2024年夏に起きた「令和の米騒動」。猛暑による品質低下やインバウンド(訪日客)需要の増加などで、スーパーの棚からコメが消え、さまざまな場所に影響した。
「こちら特報部」は昨年6月、神奈川県秦野市の「JAはだの」の直売所を取材。当時は開店前からコメを求めて数十人が列をつくっていた。宮永均組合長に現状を聞くと「あの混み具合はなんだったのかという感じ」と話す。コメは安定供給され、いつでも買える状況に。グループごとの購入量の制限もなくなったという。宮永氏は今後のコメ価格低下を懸念し「米農家が農業を続けられるような仮渡し金の設定ができるのか。頭が痛い」と打ち明けた。
◆増産に舵を切ったと思ったら、高市政権となって逆戻り
前回の百姓一揆から1年。この間のコメ政策を振り返ってみる。
石破政権は昨年3月、政府備蓄米の放出を開始。5月には一般競争入札から随意契約に切り替え、格安のコメの争奪戦も起こった。

収穫前の稲穂(資料写真)
近畿大の池上甲一名誉教授(農業社会経済学)は一連の備蓄米の対応について「倉庫からスーパーの店頭に並ぶまでの物流や検査などの具体的なシミュレーションが不足しており、現場が混乱し、最も必要な時期に十分な量が供給されなかった」と解説する。
昨年8月には、長年続いた生産調整から「増産」路線への転換を打ち出した。だが、高市政権となり、鈴木憲和農相は「需要に応じた生産」との発言にトーンダウン。池上氏は「価格や需給の責任を持たず市場に丸投げする元の農政に先祖返りした」と分析する。
農林水産省によると、全国のスーパー約千店で3月23〜29日に販売されたコメ5キロ当たりの平均価格(税込み)は3935円。7週連続下落している。池上氏は「今後も需給のバランスが崩れれば高騰と暴落のどちらの状態にも振れる可能性がある」と指摘した。
◆イラン情勢が稲作コストの上昇につながる
苦しむ農家に追い打ちをかけるのが、ホルムズ海峡の事実上の封鎖だ。
宇都宮大の松平尚也助教(農業政策)は「田起こしに使うトラクター、田植え機、収穫のコンバインなど、多くの作業が軽油などの燃料を必要とする。原油価格の高騰は生産コストに直接影響する」と指摘。また「稲作で広く使われる窒素肥料は、原油市場と連動する天然ガスを原料として製造される。価格上昇が農家の経営を圧迫する恐れがある」と語った。

鈴木憲和農相(資料写真)
また農水省は3月、コメの民間在庫量が2027年6月末時点で最大271万トンになるとの見通しを示した。松平氏は「在庫過剰で価格暴落が懸念される。『生産コストが上がり利益も出しにくい』となれば、赤字でも経営を続けてきた農家でも廃業を決断しかねない」と話した。
松平氏は、戸別所得補償制度は民主党政権が実施したことに触れ「現政権が直接採用することは考えにくい」とみる。他方で食料の適正取引を目指す食料システム法が4月から施行され、「コスト指標」としてコメの生産から販売までの合理的費用が算定される予定。松平氏は「市場価格が指標を下回った場合のセーフティーネットなどを具体的に検討すべきだ」と話す。
◆「誰かがもうけている」という犯人捜しをしている場合ではない

店頭に並ぶ野菜(資料写真)
米農家以外も離農は深刻だ。国が農林業の現状をまとめる「農林業センサス」での農業経営体の数は、2020年は107万6000だったが、2025年は100万を切り、83万6000に減少した。
前出の池上氏は、小規模農家が稲作に限らず経営を維持できるようにする所得補償と、価格が一定水準に達しなかった場合の不足払いの制度化を期待する。さらに「『誰かがもうけている』という犯人捜しの動きが広がり、消費者と農家の分断が起きた」と述べ、両者が連帯する必要性を強調。このように求める。「消費者は安さを追い求めるだけでなく、赤字に苦しむ生産者に思いをはせ、共に必要な政策を訴えるべきだ」
◆デスクメモ
スーパーに行けば、コメも肉も野菜も労せず手に入る。そのことで、私たちの食生活を支える農家の方々の存在をつい忘れがちになってはいないか。物価高が長引き、消費者も生産者も問わず生活は苦しい。全員で知恵を絞って、納得感を持てる社会をつくろうとする意識が大事だ。(政)
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