究極のエコカー「燃料電池車」はオワコンなのか

「H2 & FC EXPO 水素燃料電池展」に展示されたトヨタ「クラウンセダン」のFCEV(筆者撮影)
2026年3月12日、自動車産業界に激震が走った。ホンダが上場以来、初の赤字転落となることが明らかになったからだ。
【写真】いま「燃料電池車(FCEV)」はどうなっているのか?
その原因は、次世代EV「0(ゼロ)シリーズ」の開発中止によるもので、2.5兆円の「損切り」によって2026年3月期は最大6900億円の赤字となる見通しだという。
ホンダの三部敏宏社長は緊急オンライン会見で、アメリカの政治判断による急激なEV市場の環境変化に対する驚きを露わにした。
そんな“ホンダショック”を受け、日本の自動車メディアやユーザーからは、「EVはこれで終わったのか?」といった声が聞こえてくる。
むろん、中長期的な視点では「EV普及は進む」との見方が、グローバルの自動車産業界全体で主流だが、国や地域による政治的な思惑に左右される海外EV市場の先行きは不透明だと言わざるを得ない。
一方、EVと比べて、さらに普及の見通しが立てにくい印象なのが、燃料電池車(FCEV:フューエルセルエレクトリックビークル)だ。
排出は“水だけ”「究極のエコカー」と言われたFCEV
水素を充填し、燃料電池スタックで発電してモーター駆動するEVである。排出されるのは“水だけ”という究極のエコカーとも言われてきた。
風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギー由来の電力を使い、水電解して水素を作れば、走行中を含めてトータルでカーボンニュートラルに近づけるという点も、究極のエコカーという表現に含まれている。
燃料電池車は、これまで何度か“死の谷”を迎えており、それを越えることができていない。“死の谷”とは、研究開発段階から、スムーズに黒字事業化に移行できない様子を指している。
実際、筆者は2000年代から、欧米日韓中の各地で燃料電池に関する国際会議を定期的に取材し、各メーカーの初期試作車の段階から数多くの燃料電池車に試乗してきた中で、“死の谷”の現場感を味わってきた。
ここで、時計の針を少し戻そう。特に印象深いのは、国が「水素元年」と呼び燃料電池車を含めた水素社会の実現を強く打ち出した2015年だった。
それまで民間での水素活用は家庭用エネファームなどに限定されてきたが、トヨタ「MIRAI」の量産をきっかけに、ホンダも「クラリティ FUEL CELL」を発売するなど、乗用車市場での燃料電池車拡大に期待が高まった時期だ。

第2世代の「MIRAI」。2025年の国内販売は70台ほどだった(写真:トヨタ自動車)
「鶏が先か、卵が先か?」という観点から、国が民間を支援する形で水素インフラの拡充を進めるも、主な需要は官公庁向けで、個人ユースでの広がりは限定的という流れがしばらく続く。
さらに2010年代以降は、燃料電池車を取り巻く環境に大きな変化が起こる。まずは、ESG投資だ。
ESG投資とは、財務情報だけではなく、環境・社会性・ガバナンスを重視する投資のことだが、グローバルでESG投資が拡大する中で、次世代環境車への投資は燃料電池車よりもEVが優先されるようになる。
さらに、2022年に起きたロシアのウクライナ侵攻によって、グローバルでのエネルギー安全保障のあり方が一変し、欧米中の間で水素の争奪戦が起こった。
「水素ファクトリー」を立ち上げたトヨタ
そうした中、トヨタは静岡県裾野市のトヨタ自動車東富士研究所で2023年6月、次世代技術を具体的に紹介する報道陣向けイベント「トヨタテクニカルワークショップ」を実施している。
その中で中嶋裕樹副社長は、燃料電池について「商用車最優先」の基本方針を強調。同年7月1日付けの組織改正により、燃料電池と水素関連商品を専任とする「水素ファクトリー」を立ち上げた。
では、現時点ではトヨタの水素戦略はどうなっているのか。
今回、東京ビッグサイトで3月17日〜19日に行われた「H2 & FC EXPO 水素燃料電池展」を取材し、水素ファクトリープレジデントの山形光正氏によるプレゼンテーションを拝聴した。
タイトルは「今こそ 仲間と共に!」である。

プレゼンするトヨタ水素ファクトリープレジデントの山形光正氏(筆者撮影)
山形氏はその中で、水素社会の実現に向け、水素ステーションや燃料電池モジュールなどの領域で「サプライチェーンが商用化済のモビリティで、水素の社会実装をリードする」というトヨタの立場を明確にした。
累計ではMIRAI、「クラウンセダン」、大型バスなどが2万8700台以上。外販用の燃料電池モジュールが100社以上に3500基超、国内向けの小型トラックが宮城、福島、東京、愛知、兵庫、福岡で200台以上という実績がある。
現在は、昨年に初公開した第3世代燃料電池システムを、商用向け前提で量産する準備を進めている段階だという。
システムの最大出力は、商用車向けユニットで300kW、建設機械や発電機など汎用向けで150kW、乗用車向けユニットで110kW。

トヨタが展示した第3世代燃料電池システム(筆者撮影)
第2世代と同体格で比較すると出力は2倍、燃費性能は1.2倍となるだけでなく、耐久性も2倍となり、ディーゼルエンジンと同等のメンテナンスフリー性を実現しているという。
これらのハードウェアを使い、ヨーロッパで日野、三菱ふそう、ダイムラー・トラックとの協業を進めるほか、乗用車分野でもBMWと協業とした。
インフラや製造システムも考慮して
中国では、官民一体で大型トラックの「水素ハイウェイ化構想」が進んでおり、中国地場トラックメーカーと連携して、中国全土で累計2600万kmを走行している。
また日本国内でも、官民連携プロジェクト「TOKYO H2」として東京都内でMIRAIのクラウンセダンFCEVを展開しており、2026年度からは愛知県でも購入支援を始めるとする。
水素インフラについても、東京都・平和島の水素ステーションなどを「持続可能な原単位」として、福島から福岡までの重点地域を主要幹線道路でつなぐ水素ハイウェイ構想の実現を目指す。
水素製造システムでは、千代田化工建設(神奈川県横浜市)と連携した水電解装置(国内向け中規模ニーズ対応5MW、海外向け大規模ニーズ対応20MW)を共同開発し、2029年から量産を始める。
このほか、国際水素・燃料電池展では、ホンダが国内でいすゞと、また中国で東風汽車集団と連携した燃料電池トラックによる実証実験の成果を紹介するなど、トヨタと同様に燃料電池の商用シフトを印象付けた。
海外メーカーでは韓国のヒョンデが、4月に国内発売予定の「NEXO(ネッソ)」を展示。あわせて、ヒョンデグループの水素事業ブランド「HTWO」が描く水素バリュー・チェーンとビジョン、そして1998年から続くヒョンデグループの水素開発の歴史を紹介した。

新たに日本国内で発売するヒョンデのFCEV、新型「NEXO」(筆者撮影)
アメリカとイスラエルによるイラン攻撃で大きく揺れ動く中東情勢を受け、日本では今、改めて「エネルギー自給率16.4%」という厳しい現実に直面している状況だ。
基本的な方策としては、「第7次エネルギー基本計画」、および「GX(グリーントランスフォーメーション)2040ビジョン」において、国は2023年度の電源構成見通しで、23%だった再エネ比率を4〜5割に引き上げるとしている。
つまり国としては、多様なエネルギーを総動員する、いわばエネルギーのマルチパスウェイに向けて動き出しているわけだ。
FCEVは“死の谷”を越えられるか?
水素については、2024年に「水素社会推進法」が成立しており、規制緩和や支援の一体化を制度化していく方針となっている。
その一環で、水素等の供給・需要を創出するプロジェクトについて、ガソリンや軽油など化石燃料などとの価格差を支援するスキームを2025年3月末まで公募しており、27件の応募があったという。
認定された事例として、愛知製鋼の愛知県東海市知多工場で、トヨタと千代田化工建設製の水電解装置による水素製造がある。

経済産業省の支援プロジェクトのひとつ、愛知製鋼関連の模型(筆者撮影)
このように、いくつかの自動車メーカーでは、燃料電池の商用利用に向けた動きを着実に進めている。一方、一般ユーザー目線では、燃料電池乗用車ラインアップの先行きが見えないことから、結果的に燃料電池車への関心が薄れていると言えるだろう。
燃料電池車は今、乗用車としての“死の谷”を越えたとは言えないものの、商用車需要による水素社会基盤の構築は進んでおり、水素社会構想全体として見れば“死の谷越え”はありうるというのが、筆者の見立てだ。