「日本を選ぶ理由がない」週140便が消えた空路で何が起きているのか? アジアで進む国際ネットワークの再編と空港競争
燃料不足が招く就航停滞
インバウンドの熱狂が戻り、各地の空港が賑わいを取り戻したかに見える。だがその舞台裏では、地方空港を中心に深刻な事態が進行している。航空燃料が足りず、海外の航空会社が日本への新規就航や増便を諦める事態が相次いでいるのだ。
【画像】「えぇぇぇ!」 これがヘリコプターの「飛ぶ仕組み」です(14枚)
この燃料不足の背景にあるのは、世界的な持続可能な航空燃料(SAF)の争奪戦だ。脱炭素化へ向けた潮流のなかで、この新しい燃料の確保が航空業界の最優先課題となっている。
供給が絞られるなかで、航空会社側もシビアな判断を迫られている。燃料調達に不安がある日本路線の採算を厳しく見積もり、限られた機材をより条件の良い他国の路線へと振り向け始めているのが実情だ。一度「使いにくい拠点」と見なされれば、たとえ将来的に燃料供給が回復したとしても、その信頼や魅力を取り戻すには長い年月を要することになるだろう。
燃料不足で止まる増便受け入れ

給油のイメージ(画像:Adobe Stock)
空港が活気を取り戻したかに見える裏で、復活の足取りを鈍らせる深刻な事態が起きている。日本への増便を望む海外の航空会社に対し、空港側が「受け入れ不能」を告げるケースが相次いでいるのだ。
問題の正体は、燃料の供給不足にある。特に次世代燃料であるSAFの調達難が影を落とす。2024年5月以降、全国15の空港で
「週140便」
を超える国際便の就航が見送られたとの試算もあり、影響は無視できない規模に広がっている。急激な需要回復に対し、製油所の現場を支える人手の不足や、物流の「2024年問題」によるトラック輸送の停滞が重なり、供給網が悲鳴を上げているのが実情だ。
政府もようやく重い腰を上げた。官民タスクフォースを立ち上げ、緊急の行動計画をまとめるなど対策を急いでいる。しかし、一度ついた「インフラの脆弱さ」というイメージを拭うのは容易ではない。既存の燃料すらおぼつかない国が、より高度な管理を要するSAFを安定して供給できるのか。こうした不信感は、航空会社が日本を路線図から外す十分な動機になり得る。
国際民間航空機関(ICAO)は、2024年以降の排出量を2019年比で85%以下に抑えるという厳しい目標を掲げている。2030年に向けた脱炭素への圧力は、もはや待ったなしだ。足元の物流停滞を解決できぬままでは、日本が世界の空のネットワークから取り残される日は、そう遠くないかもしれない。
SAFの特性と排出削減効果

国際航空からのCO2排出量と削減手段のロードマップ(画像:2030年におけるSAFの供給目標量の在り方 - 経済産業省)
航空業界が脱炭素という難題に挑むうえで、SAFは最も現実味のある手立てと目されている。主に植物や使い古した油を原料とするこの燃料は、燃焼時に二酸化炭素を出すものの、原料が育つ過程で吸収した分と相殺できるため、環境への負荷を抑えられる。製造から実際に使うまでの過程を通してみれば、従来の燃料と比べて排出量を最大80%も減らせるという。今のエンジンや給油の仕組みをそのまま使えるため、余計な設備投資を抑えられる点も大きな利点だ。
大型機や長距離を飛ぶ路線では、電池や水素を動力源にするのはまだ難しい。それゆえ、2050年のカーボンニュートラル実現へ向け、SAFの活用は避けられない道となっている。国際的な排出規制が厳しさを増すなか、この燃料を十分に確保できるかどうかが、もはや路線を維持するための最低条件になりつつある。
供給の体制が整わない空港に対し、航空会社が新しい機体を向かわせるのをためらうのは当然の流れだろう。SAFの不足は、せっかくの機材を動かせない事態を招き、経営の効率を削り取っていく。燃料を巡る格差が、そのまま空港の、ひいては地域の競争力を左右する時代が来ている。
拡大するSAF需要と国内生産の遅れ

日本のSAF需要量と供給見込み量の推移グラフ(画像:2030年におけるSAFの供給目標量の在り方 - 経済産業省)
SAFの市場は今後、かつてない規模で膨らんでいく。業界団体の試算によれば、2050年に「ネットゼロ」を成し遂げるには、現在の燃料供給量の1.5倍にのぼる4.5億kLのSAFが欠かせない。日本政府も2030年までに燃料の10%をSAFに置き換える目標を掲げたが、足元の国内商用生産はほぼゼロに等しいのが現実だ。
この空白を突き、アジアで抜きん出た存在となったのがシンガポールである。世界最大級の生産拠点をいち早く稼働させ、2026年からは出発便へのSAF使用を義務付ける。こうした強気な政策が、
「確実に燃料を確保できる場所」
という信頼を生み、環境対応を急ぐ欧米の航空会社を呼び寄せる呼び水となっている。
航空会社は、膨らみ続ける排出コストを抑えなければならない。必然的に、供給が安定し、価格の面でも有利な拠点へと路線の軸足を移していく。日本が生産体制の構築にもたついている間に、アジアの航空ネットワークの心臓部は、日本からシンガポールなどの他国へと移りつつある。それは、空の玄関口としての日本の地位が崩れている現状を物語っている。
高騰する製造コストと原料争奪

従来型ジェット燃料とSAFの価格差(プレミアム)を示すグラフ(画像:Evolution of alternative fuels for aviation - KPMG)
普及の行く手を阻んでいるのは、跳ね上がる製造コストと、世界中で繰り広げられる原料の奪い合いだ。SAFの価格は従来の燃料の数倍、状況によっては10倍以上に達することもあり、航空会社の経営を激しく圧迫する。この価格差が埋まらなければ、航空会社は少しでも燃料の安い海外で給油を済ませ、日本での給油を極限まで絞るだろう。
現在、主流となっている廃食油(UCO)を巡る争いは、すでに国境を越えている。日本国内では年間約40万tの事業系UCOが出るが、その3割にあたる12万t超が、より高い値を提示する欧州やシンガポールのメーカーへと流出しているのが現実だ。
2025年度には、日揮ホールディングスやコスモ石油などによる国内初の大規模プラントが大阪府堺市で稼働する。だが、ここでも原料となるUCOの確保は世界規模の入札競争にさらされることになる。国内で十分に原料を集められず、SAFが高値止まりのまま推移すれば、石油元売り側は投資の回収すらおぼつかなくなり、供給を続けること自体が危うくなる。
トウモロコシ由来のアルコールや都市ごみを活用する新たな技術開発も進んではいる。しかし、それらが安定した供給の柱として育つまでには、乗り越えるべき壁がまだいくつも残されている。
供給網未整備が招く経済負担

空港のイメージ(画像:Adobe Stock)
独自の供給網を築き上げることができなければ、日本は経済的に重い負担を払わされることになる。環境への向き合い方を重視する欧米の航空会社は、すでにSAFを十分に確保できない空港への就航を避け始めている。このままでは地方空港の問題に留まらず、成田や羽田といった主要空港までもが国際的なネットワークから切り離され、日本が「素通り」される懸念すら現実味を帯びてきた。訪日客を呼び込んで経済を回そうとする国の観光戦略にとって、これはあまりに大きな誤算といわざるを得ない。
とりわけ、薄利で動く格安航空会社(LCC)への影響は深刻だ。燃料費の跳ね上がりを運賃に転嫁しきれず、日本路線の維持を諦める動きが出てくるだろう。空のインフラを利用できるのが一部の層に限られてしまえば、これまで地方を支えてきた幅広い層の訪日需要はしぼんでいく。
さらに、高価な海外産のSAFに頼り切りになれば、それはそのまま運賃の上昇に直結し、国内の旅行需要をも冷え込ませる。結果として膨大な資金が海外へ流れ続け、日本のエネルギー自給の基盤は脆くなる一方だ。運賃の上昇と路線の縮小。その先には、日本が国際市場の主役から降りていく未来が見えてくる。
補助金と規制が主導する国際競争

今後20年で世界の航空輸送需要は世界で2倍以上に成長する見込みだ(画像:JAL REPORT 2025)
世界の市場を見渡せば、補助金と規制を巧みに組み合わせた国同士の覇権争いが熱を帯びている。米国は巨額の税額控除を打ち出し、世界中の投資を自国へと力強く引き寄せ始めた。一方の欧州連合(EU)も、域内の空港でSAFの混合を義務化し、違反には罰則を科すという強硬なルールを敷いている。こうした動きは自国の産業を育てるのみならず、他国の航空会社に対しても実質的な負担を強いる「見えない壁」となりつつある。
日本もようやく重い腰を上げ、対抗策に乗り出した。国内でSAFを供給する企業を支えるべく、法人税から1Lあたり30円を差し引く新たな税制を設けている。だが、先行する欧米の圧倒的な支援規模に対し、どこまで食らいついていけるかは予断を許さない。
結局のところ、国際的なルールづくりの場で主導権を握れるかどうかが、すべてを決めることになるだろう。そこで競り負ければ、日本は欧米が作り上げた枠組みのなかで、高いコストを払い続ける側に固定されてしまう。自国にとって有利な土俵を整えられなければ、日本の航空産業が誇ってきた競争力は、なし崩し的に失われていくに違いない。
産官学連携による供給体制整備

航空燃料不足と日本素通りの危機。
「日本素通り」という最悪のシナリオを回避するには、産業界と行政、そしてアカデミアが足並みを揃え、これまでにない速さで動かなければならない。国内ではすでに、日本航空や全日本空輸、日揮などが参画する有志団体が、原料の調達から給油に至るまでの供給網を築こうと奔走している。
ENEOSなどの石油大手も、既存の製油所をSAF製造の拠点へと作り変える量産計画を具体化させ始めた。政府も数百億円規模の支援を打ち出してはいるが、それだけで事態が好転すると楽観視できる状況ではない。
真に先を見据えるならば、二酸化炭素と水素から生み出す
「合成燃料(e-SAF)」
の開発を急ぐべきだろう。原料に限りがあるUCOへの依存を断ち切り、技術の力で供給の壁を突き破るためだ。同時に、前述の通り国内の貴重なUCOが海外へ流出するのを食い止める法整備や、きめ細かな回収体制の構築など、より踏み込んだ一手も欠かせない。
航空燃料を外から買うものから
「国内で生み出せる資源」
へと認識を改めること。それが、日本の空の自由を守るための最後の手立てとなるはずだ。もはや、立ち止まっている時間は残されていない。