なぜ円の価値は下がり続けるのか? ドル不安の中で値上がりする英ポンドと独歩安の円を分ける中央銀行に対する信頼

 日銀は4月27日から28日にかけて金融政策決定会合を開催する。政策金利が据え置かれる公算が大きいが、一方で日銀には物価と通貨の番人としての責務がある。

今回の金融政策決定会合でも政策金利が据え置かれる公算が大きい(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 日本は伝統的にドル円レートを非常に重視し、円と非ドル通貨との為替レートにはあまり関心を払ってこなかった。ところが最近は、ユーロやポンド、フランといった対欧州通貨で円安が続いていることに対する関心が急速に高まっている。

 例えばポンドと円の為替レートは、1ドル=210円を超え、2008年以来の高値圏にある(図表1)。

 ポンドは近年、いわゆるトラスショックの時に1ポンド=1ドルのパリティ割れが意識されるほどの通貨安に見舞われた。しかし現在では、ドル不安もあり、1ポンド=1.35ドル前後まで為替レートが回復している。対して日本では、円安の是正に向けた具体的な動きが取られていない。その結果、ポンド円レートは歴史的な高値圏となっている。

【図表1 ポンド相場】 (出所)イングランド銀行(BOE)

 なぜポンドは強いのか。その理由の1つに、中央銀行であるイングランド銀行(BOE)による手堅い金融政策運営があると考えられる。BOEは2%の物価目標を英国政府から課されているが、一方でその実現に対する裁量権はBOEに完全に委ねられている。手段独立性といわれるものだが、ゆえにBOEは独立性が高い組織と評される。

 英国の消費者物価の前年比上昇率は、直近では2025年7月から9月の3.8%をピークに、イラン情勢の緊迫化する直前の2026年2月には3.0%まで低下していた(図表2)。とはいえ物価目標と比べると依然として高水準だったため、BOEは慎重に利下げを進めてきた。景気に配慮しつつ、BOEは物価目標の実現を優先しているわけだ。

【図表2 英国の物価と金利】 (出所)BOE及び英国立統計局(ONS)

 イラン情勢が緊迫化した直後の3月19日、BOEは金融政策委員会(MPC)の結果を公表した。政策金利(バンクレート)を年3.75%で据え置くとともに、イラン発のエネルギーショックが物価動向に与える影響を注視するという当たり前の内容だったが、注目すべきことは、ハト派のメンバー全員が金利据え置きに賛成したことだろう。

 BOEのMPCは、アンドリュー・ベイリー総裁以下9人で構成される。各メンバーが平等に一票を持ち、多数決で政策決定がなされるが、総裁を除く8人のうち、タカ派とハト派が4人ずつという構成である。ハト派のメンバーでさえ物価上昇の加速を意識し、追加利下げを見送るだけの冷静さを持っているのがBOEの強みと言える。

英ポンドが買い戻されるのはBOEに対する信任

 現在の世界の通貨制度は管理通貨制度、別名、信用貨幣制度に基づいている。信用とは、過去からの実績に基づく客観的な評価を意味する。過去からの実績を着実に積み重ねることで信用を獲得した通貨を、ユーザーは信頼して利用する。特に金融市場での取引が多い国際通貨(ハードカレンシー)の場合、投資家の信頼を得ることが重要だ。

 中銀が投資家の信頼を得るためには、明瞭な原則の下で金融政策運営を営む必要がある。その実績を積み重ねて信用を獲得しないと、投資家は中銀を信頼しないし、当然、そうした中銀が発行する通貨も信頼しない。そうした通貨の価格、つまり為替レートは下落し、それが常態化したり、価格を超えた通貨の“価値”の棄損を招いたりすることになる。

 物価目標を設定する意味合いは、金融政策運営が明瞭になるということに尽きる。投資家は金融政策の明瞭性を評価するためだが、物価目標を掲げた以上、中銀はその物価目標を遵守した金融政策運営を徹底する必要がある。それを反故にするような中銀は、物価目標を遵守するという実績がないということになり、投資家は信頼を寄せない。

 こうした観点に基づけば、BOEは景気に配慮しつつも、物価目標を遵守した金融政策運営を一貫している。それゆえ、ボラティリティを伴いながらも、ポンドという通貨はドルに対してきちんと買い戻される。これは大陸の通貨ユーロにも言えることだ。欧州中央銀行(ECB)が物価目標を遵守するからこそ、ユーロの対ドル相場は上昇している。

円売りの背景にある日銀の公約破り

 もちろん、現実の金融政策運営はそう単純ではない。物価目標を掲げる中銀もまた、景気や市場への影響を勘案して金融政策を運営している。現にBOEの場合も、英国の物価が2021年後半から目標水準を超えてもなお利上げには慎重だった。コロナショックという前代未聞のショックからの回復途上だったというところが大きい。

 それでもBOEは、2021年12月のMPCで政策金利を0.1%から0.25%に引き上げ、他の主要中銀に先駆けて利上げに着手している。直後にロシア発のエネルギーショックが生じたことで、利上げのピッチを加速させてもいる。対照的なのが、消費者物価の前年比上昇率が物価目標である2%を超え続けても利上げに慎重な日銀だ。

 日銀も2%の物価目標を掲げている。それは投資家に対する公約であるはずなのに、日銀は利上げに慎重であり続け、投資家が望む水準まで金利を上げようとしない。公約を破り続けていれば、投資家からの信頼など獲得できるわけがないのは当然だ。そのため、円は売られ、円の価値は毀損し続ける。

 日本の物価上昇は景気拡大に伴うデマンドプルではなくエネルギー価格や原材料価格の上昇に伴うコストプッシュであるため、日銀による利上げは不要との主張もある。ただ、そうした論者ほど、かつて日銀に物価目標の導入を提唱していたという矛盾がある。市場は物価上昇の質など気にしてはいない。目標水準を上回った場合に利上げをする中銀が発行する通貨を信頼し、購入するだけである。

投資家の円への信頼はますます低下する

 通貨高にも通貨安にも、局面に応じたメリットやデメリットがある。イラン発のエネルギーショックが長期化した場合、化石燃料の海外依存度が高い日本は通貨高、つまり円高を追求しなければ、一段の物価高を受け入れざるを得なくなる。このデメリットに勝るメリットなど今の局面での円安にはないことは明らかだが、日銀の腰は重い。

 利上げを円高誘導のために使うべきではないという論者もいるようだ。しかしそもそも論として、物価上昇を抑制する利上げの結果、円高が進むなら、それは自然かつ健全なことではないのか。物価目標の遵守を掲げておきながら、物価上昇が目標を上回り続けているのに利上げをしない姿勢こそ、健全な金融政策運営から大いに外れている。

 トラスショックを経験しながらもポンドが為替レートを回復することができた大きな要因の一つに、BOEによる物価目標を遵守する金融政策運営があることには、疑いの余地がない。市場はドライだから、物価目標を公約に掲げた中銀がそれを守るなら、その中銀が発行する通貨を買う。言い換えれば、公約さえ守れば、通貨は買われる。

 物価目標を掲げておきなら、それを破ることが常態化している日銀が発行する円に、市場は信頼を寄せはしない。円安の問題は、もはや通貨としての円の価値の棄損の領域まで踏み込んでいる節がある。それでもなお、日銀が利上げに慎重なままで、政府がそれを是認するような環境が続くなら、市場の円への信頼はますます低下するだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。

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