「日本と中国、どちらにも“冷たく”」731部隊の新書を出版した日中戦争史家・広中一成さんの思い 「ぼくはただ、事実を追求したい」その真意は

愛知学院大准教授の広中一成さん
日中戦争中に、中国大陸で人体実験や細菌兵器の開発を進めた旧日本軍の「731部隊」。「存在しない」「中国の捏造(ねつぞう)だ」と否定する人もいる中、愛知学院大准教授の広中一成(ひろなか・いっせい)さん(48)は戦後80年となった昨年夏、部隊に関する新書を出版した。自分のことをこんなふうに表現する。
「日本と中国、どちらも“冷たく”見ている。ただ、事実を追求したいんです」
多くの資料に当たり、731部隊の戦争犯罪について調べた専門家の言葉の真意とは…(共同通信外信部=鮎川佳苗)

新書の表紙
▽不思議な縁が重なって
広中さんは中国近現代史や日中戦争史が専門だ。
1931年の満州事変以降、日本が中国に進出する過程で各地に「傀儡(かいらい)政権」が生まれた。日中戦争開始直後の1937年には、中国・通州で日本の傀儡政権下の中国人部隊が反乱を起こし、多数の日本人居留民らが殺害された「通州事件」が起きた。
広中さんは、これらの傀儡政権や通州事件などに注目した研究に取り組み、論文や著作を出してきた。通底するのは、時に日中両国の政府間で「政治的カード」にされ得る歴史について、不毛な議論を排して「事実を明らかにしたい」という考えだ。
「731部隊が専門の研究分野だったわけではない」という広中さん。昨年「七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦」(PHP新書)を出版したのは、不思議な縁が重なったのがきっかけだった。
▽日中戦争の新書をきっかけに
広中さんは、日本による米国への真珠湾攻撃(1941年12月)以降、太平洋戦争の陰に隠れる形で長い泥沼に突入していった日中戦争の実態を解き明かそうと、2021年に「後期日中戦争」(角川新書)を出版した。この本の中で中国・浙江省で旧日本軍が実施した細菌戦にも言及した。
翌2022年。広中さんは、日中戦争に従軍したある男性(故人)の遺族と愛知県で出会う。
戦後、日本に戻り、ふさぎ込み、無気力に過ごしていたという男性。戦争中に中国から日本の家族に書き送った多数の手紙を長年手元にしまい込み、晩年になってその存在を子や孫らに明かした。
手紙には中国にあった日本の陸軍病院で病理検査に従事したことなどが記されていた。
「細菌戦部隊に関わっていたのでは…」
本人が亡くなった後に詳しく知りたいと考えた遺族が、「後期日中戦争」で細菌戦に言及していた広中さんに協力を求めたのだった。
広中さんは独自に調査し、男性が731部隊に関連する細菌戦部隊に関わっていた可能性があると判断した。

2024年8月、731部隊の跡地を訪れ、石碑に向かい手を合わせる清水英男さん=中国黒竜江省ハルビン市(共同)
▽きちんと調べたい
続けて2023年、研究者の同僚のつながりから偶然、731部隊の元少年隊員、清水英男(しみず・ひでお)さんと知り合う。清水さんは部隊に関する証言活動に取り組んでいる人物だ。
部隊の秘密を守るため、自殺用の拳銃を渡された―。壮絶な証言を直接聞き、衝撃を受けた。
さらに731部隊に関するテレビ番組制作の協力を依頼され、日本各地を調査して回ることになった。
「不思議と731部隊に関する話が集まってくる」。きちんと調べたいという思いが強まっていった。

中国政府が公開した、日中戦争中に細菌兵器の開発を進めた旧日本軍731部隊に関する文書(中国国家公文書局のHPから)
▽「歴史がねじ曲げられないように」
広中さんは、戦後80年の夏に合わせて731部隊の著書を出そうと決めた。出版が決まってから時間的な余裕があまりなく、「死にものぐるい」で大量の資料を読み込み、執筆を進めた。
日本の先行研究や1次史料、「文史資料」と呼ばれる中国各地の文献記録、中国の国立公文書館「档案館」に残された中国語の記録を、多角的に突き合わせる作業だ。731部隊や、関連する細菌戦部隊については、日中双方の記録で確認できる事実も、資料が不十分な点もある。
731部隊の新書や、過去の著書に攻撃的な批判をする人もいた中での研究について、広中さんは「ぼくだって、実は割と“右”なんですよ。中国共産党にも割と批判的なんです」と語る。
「“右”の人たちから研究内容への批判や攻撃もある。でもぼくはただ、事実を追求したい。その結果が右寄りになるか左寄りになるかは知りませんけれども、変な風に歴史がねじ曲げられることがないようにしたい」
「独裁体制の中国共産党はやはり自分たちの都合の悪いことは言わないし、都合の良いことは大きく言う。日本にもそういう点があるかもしれませんが、より中国共産党はそうだと思います」
日中戦争中の細菌戦の被害についても実態より大きく主張されている可能性もある。「不用意に全部を信用はできない」「だからと言って無視もできない」。執筆に当たっては慎重な記述や「ウラ取り」を心がけ、時には「両論併記」もした。
▽「歴史をやる者」の仕事とは
731部隊の新書では、中国の撫順戦犯管理所で収監されていた731部隊や細菌戦に関わった人々やその他の戦争体験者の証言に言及した。こうした史料や、オーラルヒストリー(口述記録)を扱う際に気を付けていることがある。
「戦争体験者は当時のことを鮮明に覚えていて詳しく証言をしてくれるが、全部はうのみにしない」
他の資料でできるだけ裏付けを取る。「例えば中国で捕虜になった人は、事実を曲げてより強く『日本が悪い』と言ったかもしれない。そこにも、批判的・検証的な目は向けていかないといけない」
広中さんはインタビュー中、たびたび「ただ事実を追求したい、それだけです」と繰り返した。「日本側に対しても中国側に対しても、ぼくは冷たく、冷静に見ている。証言があってもいったん落ち着いて、冷静に見て、確認する。それが、歴史をやる者の仕事なんです」
「研究の成果を一般に還元する」ことにも広中さんは意欲的だ。
学会や学術誌などでの発表だけでは成果の共有が学術界だけにとどまってしまうのではないか―。そのように考え、「できること」として研究成果を一般向けの書籍にまとめてきた。
交流サイト(SNS)でも発信し、日本メディアだけでなく中国メディアの取材も受けてきた。
「強い思想的なことは盛り込まず、できるだけ冷静に、事実に即して発信するようにしている。そうしなければ、多くの人に間違った事実や考え方を伝えてしまうことになるためです」と話す。

映画「731」についての映画館のモニター=2025年7月
▽中国映画「731」を見て考えたこと
戦後80年の昨年を、中国共産党・政府は「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利80周年」と位置付け、中国こそが戦後国際秩序の担い手だとの宣伝を強めた。
そんな中、話題を集めたのが中国で公開された映画「731」だった。
作品名にちなみ当初は昨年7月31日の公開が予定されていたが、延期されて柳条湖事件が起きた9月18日に公開された。
封切り前から注目されていた作品だったが、公開後は中国国内でも、歴史的事実を軽視したような過剰な演出などには批判の声が上がった。
作品中では日本人女性の将校が重要な役どころを担い、731部隊の監獄内を花魁(おいらん)道中が練り歩き、同部隊を創設した石井四郎が羽織はかま姿で幼い少女たちを大勢従えて歩く場面などがある。
広中さんは昨年、この映画「731」を鑑賞し、研究者として率直に「残念」との感想を持った。
「演出をやりすぎではないか。そのせいで戦争や歴史の事実が伝わらなくなってしまっている。おどろおどろしいつくり方によって、全部がうそっぽくなり『中国のプロパガンダだ』と言われてしまう。中国の人々を捕まえて監獄に押し込め、人体実験をして細菌をばらまいた。その事実を真実味を持って描けば良かった」
中国政府が時に歴史問題を政治的な「カード」にして、日本に圧力を加える動きにも批判的だ。
「ぼくは日本が悪くても、何でも中国側の受け売りで『全て悪かったです、すみません』と言うのは違うのではないかと思うんです。言うなら、事実に沿って『日本が悪い』と言いたい。中国は歴史をカードに使って日本に謝らせて、何かを引き出そうとしているのかもしれない。そのように歴史が使われることは日中関係にとって本当に良くありません」

北京市内の映画館に掲示された「731」のポスター=2025年10月(共同)
▽80年が過ぎたからこそ
731部隊の新書出版後、部隊関係者の遺族が論文資料を送ってくれた。戦後、人体実験や細菌戦について実態を知る関係者は沈黙し、残された1次史料も少ない。だが長い時を経て、この論文を送ってくれた遺族や、愛知県の男性のように、関連する資料が出てくることもある。
広中さんは「80年がたって『歴史』の段階になったからこそ、ようやくちゃんと部隊について冷静に検証できる時代になったのではないでしょうか」と話す。
日本で戦後長らく「タブー視」されてきた731部隊の実態について広中さんは、先行研究があるものの、まだまださまざまな資料を調べることでさらに「はまっていくピースがある」とみている。
関係者の名簿を一人一人地道に調べる作業を続けている。「当事者は何も語らず亡くなり、遺族が口を開くこともある」のを実際に経験してきた。

731部隊に関する展示施設「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」の新館=2015年8月、中国黒竜江省ハルビン(共同)
▽「あったことはあった」と認めるべきだ
中国政府が歴史を政治的な「カード」として扱うのを批判すると同時に、日本政府の姿勢にも疑問を抱く。731部隊の存在は認めるものの、活動の詳細を示す資料はない、とするのが日本政府の見解だ。
広中さんは「『あったことはあった』と認めるべきところは認めて歴史にまっすぐ向き合わなければ、戦争加害国としての歴史の教訓が生かせないのではないでしょうか」と訴えかける。
細菌戦の被害者数は分からないかもしれないし、中国側が多めに見積もっているかもしれない。
それでも「歴史的な検討や研究に専門家らが取り組んでも、日本政府が事実を認めないでいると、いつまでも中国側に『歴史認識問題』と言われ続けてしまう」と考える。
「戦争をすると、人を人とも思わない行為をしてしまうのだということを伝えるのが、平和国家となった日本の役割だと思います」。こう、力を込めて語った。