「日本は9条のおかげで、戦争に巻き込まれずに済んだ」“9条の力”イラン攻撃で再認識、憲法は「盾」か「制約」か

 改憲論議が加速するなか、憲法9条や緊急事態条項をめぐり議論が熱を帯びている。国会前には多くの市民が集い、声を上げた。安全保障と民主主義のあり方が問われるいま、私たちは何を選ぶのか。揺れる現場から、その現在地を見つめる。AERA 2026年5月4日-5月11日合併号より。

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 4月19日。東京・国会議事堂前や全国各地で憲法改正などに反対するデモが行われ、国会前には約3万6千人(主催者発表)が参加した。

「憲法が、希望。」と書かれたプラカードを手にした神奈川県の会社員の女性(30代)がいた。自衛隊の戦地派遣への危惧を抱いているという。

「高市さんには、『平和のために、改憲ではなく、ちゃんと外交してください』と言いたいです」

 デモ参加は10年ぶりだという東京都の会社員の男性(60)は、「矢も盾もたまらず来ました」と言う。

「『日本が戦争できる国になる』と恐れる日が本当に来るとは。いまこそ連帯せねばと思います」

 多くの人がデモにつめかけた理由の一つが、改憲に向けて前のめりの政治に対する、強い危機感だ。

 高市早苗首相(自民党総裁)は4月12日の党大会で「時は来た」と改憲への意欲を語った。

 重視するのは「9条への自衛隊明記」と、大災害時などの国会機能維持や政府の権限強化を定める「緊急事態条項」の新設だ。衆参両院では憲法審査会も始まり、先の衆院選大勝で衆院の同会会長ポストを得た自民党は改憲論議の加速をめざす。

「とても怖いと思っています」

 こう話すのは、小説家の中島京子さん(62)。「国政選挙ができない場合に国会の機能を保つため議員任期を延長できる条項」や、「内閣が法律ではなく緊急政令で国民保護に対応できる条項」を設けようという緊急事態条項については、「絶対に通してはいけない」と感じている。

■連立を組む維新の「提言」自民18年素案より「危ない」

「高市政権は十分な審議時間を確保しないなど、国会軽視の姿勢が顕著ですよね。そんなことを平気でやる人たちが緊急事態条項を手にすれば国会が機能しなくなり、独裁のようなことも起こりうるのでは」

 改憲を成し得たら、党の歴史に残る政治家になれる。それも高市首相が前のめりの理由かなとも思う。

「でも、参議院で連立与党は改憲発議に必要な3分の2の議席を持っていないし、改憲自体が国民にとって優先事項でもない。『まだぜんぜん、時は来てない』と言いたいですね」

 中島さんは、「9条の存在」がこれまでと違った説得力を持ちつつあると感じている。きっかけはイランとイスラエル、米国の戦争だ。同盟国に艦船派遣などの協力を求めるトランプ大統領に、日本は「法律の範囲内でできることとできないことがある」と説明、理解を求めた。

「つまり日本は9条のおかげで、戦争に巻き込まれずに済んだ。その事実を目の当たりにしたことは、私たちにとって大きかったと思います。いま改憲に反対するデモには若い人たちの参加が多いと聞きます。生きてきて初めて『憲法が大事』『これ守んないとやばい』と感じた人も多いのでは。パワフルな力が憲法にはあるし、そんな大事な“武器”を日本が自ら投げ捨ててしまうならば、本当に愚かしいことだと思います」

 高市政権は憲法9条をどう変えようとしているのか。憲法学が専門の室蘭工業大学大学院教授、清末愛砂さん(54)が着目するのは、連立を組む日本維新の会の動きだ。

 もともと憲法改正は自民党の党是。先の衆院選の公約にも盛り込まれた。(1)9条に自衛隊を明記(9条の2を新設、自衛の措置のため自衛隊を保持)(2)緊急事態条項の新設(3)参院選の合区解消(4)教育の充実、の4項目。これは自民党が2018年に打ち出した改正素案と同じものだ。

「一方で、自民党と日本維新の会が昨年10月に締結した連立政権合意書では、対象は9条と緊急事態条項の二つ。注目すべきは合意書のめざす9条改正が、維新の提言『21世紀の国防構想と憲法改正』(昨年9月)をふまえている点です。これは自民党で言えば18年素案ではなく、12年発表の『日本国憲法改正草案』に似ている。本来なら12年草案で9条を変えたい自民党に合わせる形で、維新は提言を出してきたのでは。私はそう見ています」

 そしてその方向で改憲が進めば、18年素案による改憲よりも「さらに危ない」と清末さんは指摘する。

「維新は『戦力不保持』を規定する9条2項を削除、集団的自衛権の全面行使を可能とする『積極防衛』への転換を目指し、国防軍保持などを掲げています。他国に軍事侵略する道を開くことになりかねません」

 懸念は他にもある。「自衛の措置(自衛権)」という発想自体に危険が伴うのだと、清末さんは言う。

「基本的には戦争は『自衛の名のもとに』起きます。国連人権理事会の国際独立調査委員会がジェノサイドと認定したイスラエルのガザ攻撃も、イスラエル的には『自衛』。自衛はもっともらしく聞こえますが、計り知れない破壊力も持ちます」

■「護憲」を訴える政党、選挙で支持を伸ばせてない

 そもそも自衛隊明記には、「行政権は、内閣に属する」と定めた憲法65条からも問題があると言う。

「自衛隊が行政組織で唯一、憲法に書きこまれると、『自衛隊は他の行政組織に比べて特別なもの』というメッセージを発してしまう。立憲主義の観点では公権力がその力を乱用しないために憲法はある。しかし特別視される行政組織が入ることで監視機能が落ち、軍事的な要素が高まってしまう恐れがあります」

 さらには、「後法は前法に優先する」という法の原則も影響してくる。

「もし、維新案や自民の12年草案のように9条2項(戦力不保持)を削除して別のものに変えたら、後からできた2項が強くなり、前からある1項(戦争放棄)の部分が弱くなってしまう。そんな懸念もあります」

 清末さんは緊急事態条項も「必要ないし、作るべきではない」と話す。

「災害なら災害関係の法律を拡充すればいいし、災害で選挙ができないなら公職選挙法によって繰り延べ投票すればいい。また『災害』には自然災害以外に『武力攻撃災害』も含まれます。そんな状況で(内閣の)政令レベルで自衛隊を動かせることに、歯止めの点で問題はないか。そこもよく考えることが必要です」

 同じく9条改憲は「必要ない」と話すのは、政治学者で高千穂大学教授の五野井郁夫さん(47)だ。

「自民党は先の衆院選での大勝を白紙委任ととらえ、本来慎重であるべき憲法改正を政権のアイデンティティーとして急進させようとしている。ただ、改憲自体が目的化してしまい、『改憲した後に、どうしたいか』のビジョンが薄いと感じます」

 9条に自衛隊を明記しても、この先ドローンなどで戦争の形態が変わり、あるいは戦争が放棄され自衛隊自体が時代遅れになる可能性もあると指摘する。

「『現実に合わせて憲法も変わるべき』と言いますが、現在、憲法25条『健康で文化的な最低限度の生活』を送れていない人がこの国には多くいます。この現実に合わせて生存権を削るのでしょうか。近視眼的な視点で憲法を変えたり足したりする必要はないでしょう」

 ビジョンもなく、近視眼的な改憲政党。一方でこのところ「護憲」を訴える政党は選挙で支持を伸ばせていない。五野井さんは「護憲をただただ念仏のように唱えるだけでは、考えを広めるのは難しい」と話す。

「今回のホルムズ海峡での戦争でも、憲法9条があったから自衛隊員の命を差し出さずに済んだのだといった『リアリズムに基づく護憲』を打ち出していく政党であること。そこが大事になってくると思います」

 では、私たちはどうしたらいいか。五野井さんは、「改憲されることを見越した態度も必要だ」と言う。

「イランでの戦争勃発がなければ、すんなり改憲されていたかもしれません。私は先の衆院選で改憲勢力が多数を握った段階で──もちろん護憲派として抵抗はしますが──改憲される可能性はまだ非常に高いという想定のもと、『もし改憲されたらその後どうするか』という巻き返し策も市民や学者、野党政治家の皆さんと共有し始めたところでした」

■デモがイランの敵意を外し、平和を確保する手段に

 改憲され得ることを前提に、つまり「米国の戦争」からの防波堤になっていた憲法9条が外れる事態も念頭に、そこから押し返していく。

「いつ改憲の発議がなされてもおかしくないと気を引き締め、これまでとは違うやり方で護憲の機運を高めていく必要があります」

 その一つの形として、もちろんデモへの参加もあるだろう。

「日本は米国の同盟国で、国内の米軍基地からホルムズ海峡へ艦艇が派兵されている。イランの攻撃ターゲットとして認定される可能性はあった。しかし、イランはそうはしなかった。実はイランと日本政府との直接的なやりとりがまだ定かではない段階で、駐日イラン大使館のXには日本でのデモや抗議活動に対して感謝の意を述べる投稿が数回ありました」

 つまり、デモ自体がある種の安全保障的なもの、リアリスティックな平和を日本に確保する手段として機能していたことが、そこで証明できるのでは、そう五野井さんは言う。

「すごく大きい成果を発揮したと思います。政治家たちが交渉に手をこまねいていた時期に、人々が路上で声を上げたことで、米国の同盟国日本に対するイランの敵意を外すことに貢献できた。これのどこが『お花畑』なのでしょう。現実的にデモが市民外交的な、安全保障的な機能を今回果たしたことは否定できない現実です」

 4月19日の国会前デモ。「9」を象った風船を手に一人で参加している20代の女性がいた。戦争しないことを定めた憲法を変えることで、国際社会の信用も失うのではないか。静かにそう話してくれた。

「いま行動しないと、後悔しそうな気がして。だから来ました」

 ただ一人、凜と立ち、シュプレヒコールに右手を突き上げていた。

(編集部・小長光哲郎)

※AERA 2026年5月4日-5月11日合併号

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