〈晩さん会と皇室外交〉雅子さまがそっと見せたフィリピン式あいさつ「ベソ」 軍事協力が進む時代ににじんだ"平和"の皇室外交

5月27日、フィリピンのマルコス大統領夫妻を迎え、皇居では歓迎行事や宮中晩餐(ばんさん)会が開かれた。フィリピン文化の専門家は「日本側の配慮が随所に見える」と話す。日本とフィリピンをめぐっては、軍事協力の色合いが濃くなるなかで、皇室外交は文化による和やかな交流だった。
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初夏の日差しが降り注ぐ皇居。フィリピン国歌が演奏された後、マルコス大統領は整然と並んだ儀仗(ぎじょう)隊の前に進み、栄誉礼を受けた。両国の国旗が並ぶなか、厳かな歓迎行事が行われた。
SNSの注目を集めたのは、ルイーズ夫人の鮮やかなピンクのドレスだった。
「パフスリーブを超えた何スリーブというのかな。とにかくとてもかわいい」という好意的な声がある一方、国際儀礼にふさわしいのか、スカート丈が短いのではと心配する声もあった。
フィリピン文化に詳しい静岡県立大学教授の米野みちよさんは言う。
「テルノと呼ばれるフィリピンの正装です。特徴は大きく張り出した袖で、とても美しいピンクでした。もう少し丈が長くてもよかったかもしれませんが、昼間の行事なので準礼装としてこの長さを選ばれたのでしょう」

テルノは20世紀初頭から広まったフィリピンの伝統衣装だ。大きく膨らんだ袖は蝶(チョウ)をイメージしているともいわれる。
「伝統的にはパイナップルの葉の繊維から作られる『ピーニャ』という素材が使われます。卒業式や結婚式などでも着用される特別な装いです。日本では結婚式に白い服は避けるという考え方がありますが、フィリピンでは白は一番格式の高い正装です」
歓迎行事の後、笑いが起こるシーンがあった。皇居で面会した帰り際、天皇皇后両陛下と握手であいさつをしていたルイーズ夫人は、意外なモノを手に握っていた。
赤いマグロの寿司だった。
キーホルダーのようなおもちゃだ。あごをキュッと引いたルイーズ夫人は、マグロの握りを顔の横に添えて、いたずらっぽい笑顔を天皇陛下に見せた。
「マルコス大統領は父も大統領の“政治一家”ですが、ルイーズ夫人は名家の出身でありながらどこか庶民的な雰囲気があります。ただ、弁護士で大学教授でもあり、大統領を支えるブレーンとして知られています」

一方、マルコス大統領は歓迎行事でサングラス姿。ワイルドな性格なのかと思いきや……。
「豪快にサングラスをかけたというわけではないでしょう。物腰が落ち着いた人だと言われています。フィリピンの日差しが強く、野外イベントではサングラスの着用が普通です。フィリピンでは野外のセレモニーでは、傘を差してくれる人がいるのが当たり前なので、今回の式典は相当暑いなかで行われると想像していたのかもしれません」
■「とても美しいベソでした」
歓迎の気持ちは、晩餐会でも随所に見られた。
午後7時、宮中晩餐会に訪れたマルコス大統領夫妻。白のロングドレス姿のルイーズ夫人に、雅子さまがそっと歩み寄る。夫人の腕に手を添え、頰を寄せ合った。
フィリピン式のあいさつ「ベソ」だった。フィリピン在住歴20年の米野さんは言う。
「歓迎の気持ちが伝わる、とても美しいベソでした」
自然な流れというよりも、雅子さまの方から近づいていたように見えた。
「それだけ歓迎の気持ちを表したかったのでしょう」
ベソは親しい人同士が交わすあいさつだという。
「ビジネスライクな関係ではあまり行いません。久しぶりに会った友人や親しい人を迎えるときなどに行います。南ヨーロッパほど頻繁ではありませんが、温かさを表す大切な文化です」
晩餐会の終わりにも、雅子さまとルイーズ夫人は再び自然に近づき、ベソを交わしていた。

■曲選びにも見えた細やかな配慮
歓迎行事や晩餐会では、フィリピンにゆかりのある曲が演奏された。
音楽は「両陛下の意向を踏まえ」選曲したと報じられている。
午前中の歓迎行事で演奏されたのは「パムリナウェン」。マルコス大統領の出身地、イロコス地方の民謡だ。
「北海道のソーラン節のような『この地方といえばこの曲』という定番曲。イロコス地方を代表するラブソングとして広く知られています」
選曲には細やかな配慮も感じられるという。
現在のフィリピン政界では、マルコス陣営とドゥテルテ陣営の対立が続いている。
「間違って政敵の出身地の曲を流さないよう、細心の注意を払われたのかもしれません」
夜の晩餐会で演奏された「バハイ・クボ」は、野菜の名前を並べて自然の恵みを歌った童謡だったという。フィリピン全国で知られる、親しみやすい曲だ。
それに比べて、もう一曲「私の愛するフィリピン」は、政治的な意味合いも持つ曲だという。
「祖国への忠誠や愛国心を歌う曲で、マルコス大統領の父親の時代に学校などで広く歌われました。独裁者だった父マルコス大統領時代を良くも悪くも思い出すという人もいます。国家の栄光をほうふつさせるとともに新時代の到来を表す曲だとして、息子のマルコス大統領も選挙戦で使用しています。日本にも『彼のテーマソング』だと情報が伝わり、今回使われたのではないでしょうか」

■花や装いにもにじんだ歓迎の心
晩餐会のテーブルを彩った花は、黄色と白を基調としていた。米野さんは、そこにもフィリピンへの配慮を感じるという。
「フィリピンの国旗は、黄色、白、青、赤ですので、隠れたメッセージとして、国旗のカラーの一部を使ったのかもしれません。ただ、赤は血を意味するので、避けた可能性もあります」
また、午前中の歓迎行事では、雅子さまはペールブルーのセットアップを着用していた。
「青色は平和の象徴です。偶然かもしれませんが、平和への思いが込められていたようにも感じました」
■平和を願う皇室の「おもてなし」
今回の来日では、マルコス大統領は高市早苗首相と会談。海上自衛隊の「あぶくま」型護衛艦などの輸出に向けて協議を加速させることで一致した。南シナ海などで海洋進出を強める中国を念頭に、日比は連携を強化しているとされる。
「日本政府は4月に、殺傷能力のある武器の輸出を原則容認しています。日本の武器が何らかの形で戦争に貢献しないか、両陛下としては心配されている可能性もあると思います。そのようななかでも、国と国との友好関係が深まることを願い、おもてなしに徹したのだと思います」
実際、天皇陛下のお言葉も、戦争や対立ではなく、オックスフォード大学での留学時代の思い出や防災協力、両国の交流に焦点が当てられていた。
フィリピン側にとっても、つかの間の安らぎの時間だったのかもしれない。
「大統領は2年後に選挙が迫るなかで、中国船によるフィリピン船への衝突が日々ニュースになっていますし、物価高をはじめ、中東情勢によりオイル危機、中東への出稼ぎ労働者の帰国など、国内外に多くの課題を抱えています。それでも晩餐会での大統領夫妻は、普段より穏やかな表情に見えました。政治的な緊張から少し離れ、一人の人間として向き合う時間だったのではないでしょうか」
マルコス大統領は帰国前、フィリピンの報道陣の記者会見でこう話した。
「両陛下とも、とても親切で、おもてなしの心に溢れている。そして、とても温かい。私たちを、古くからの友人であるかのようにもてなしてくれた。これまでいろいろなおもてなしを受けたが、両陛下のおもてなしが、一番のおもてなしであった」
政治とは一線を画して、文化や心遣いを通じて相手国への敬意と歓迎の気持ちを伝える。そんな皇室外交だったのかもしれない。

(AERA編集部・井上有紀子)

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