「日本は獲れた魚を大量に捨てる国」の大誤解、国連専門機関の報告に感じる「強い違和感」

写真はイメージです Photo:PIXTA
地球温暖化が進み漁業環境が大きく変わる今、混獲や投棄といった問題が深刻化している。このままでは私たちは、今まで通り魚を食べられなくなるだろう。国際的な事例を通じて、水産資源管理が抱える本質的な課題を専門家が解説する。※本稿は、水産庁出身で元全国漁業共済組合連合会常務理事、元一般社団法人大日本水産会専務理事の内海和彦『海のさかなの正しいトリセツ』(日本評論社)の一部を抜粋・編集したものです。
なぜ獲れた魚を
海に投棄するのか
混獲問題(編集部注/漁業において目的とする魚種以外の海洋生物を誤って一緒に捕獲してしまうこと)への対応として、A種とB種の漁獲が競合した場合の漁業者は、漁獲枠を超えることを承知で操業するか、枠を遵守して操業をストップするかの2つの対応を取ることになりますが、実はもう1ついい方法があります。
それが漁獲枠を超えた魚を海に捨ててしまうという方法です。
実は数量管理が実施されるはるか以前から、獲っても市場で買ってもらえないような魚(例えばサイズが小さすぎたり、漁労作業の過程で傷ついてしまったような魚)は、漁業者が海でこれを投棄し経済的に見合う魚だけを水揚げする行為はみられていました。
ここで簡単に「みられていた」と言い切ってしまうと、どの国の漁業者もこれを行っているように思われ、かなりな誤解を生んでしまうのですが、漁獲物がその国にとり重要な食料源となっている国や我が国のように食文化的にも魚の利用が高度に進んだ国での投棄は少ないのが実態です。
そもそもこの投棄の問題は、混獲魚のみならず先ほど言った経済的にペイしない漁獲物や、割当を持つ漁業者ができるだけ価値の高い魚でこれを満たすため相対的に価値の劣る魚を捨ててしまう行為(ハイ・グレーディングと呼ばれています)など、漁業者が魚を海に捨てる行為はかねてから世界的に問題となっており、FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations:国連食糧農業機関)でもその実態解明が行われてきたところです。
表5-2は先ほど言った投棄に関するFAOの報告書の抜粋ですが、FAOは海域別に投棄量の推定を行っており、そこから欧州の主漁場たる「北東大西洋」と日本が含まれる「北西太平洋」の数字を比較してみたものがこの表です。

同書より転載
日本は優れた水産物利用国なのに
投棄が多い国と認識されている
実はこの2つの海域は、合計16の海域で推定されている投棄量の1位と2位に該当するのですが、この両者はお互いに、投棄量の平均では北西太平洋が、「推定値の95%信頼区間の上限の値」においては北東大西洋が、他方を上まわっています。欧州各国が漁業を行う海域と、日本や中国、韓国といった国が漁業を行う海域が投棄量の世界一を争っている、というのが表5-2の意味するところです。
なお、このFAOの投棄量の推定は、さまざまな文献やサンプルの中から国による投棄の実態や使われる漁具による投棄率等を勘案して推定したものだ、とされていますが、ここでも食料事情がひっ迫してどんな魚も無駄にしない途上国や水産物の利用度が高い国は投棄が少ないとみて計算されています。
しかし北西太平洋のケースでは、中国が投棄の少ない国とされる一方、日本はこれに該当しないとされ、結果的に北西太平洋の投棄量は、日本によるものが多いと考えられ計算されているものと思われます。
しかし、日本は、かねてから獲られた漁獲物は、練り物やミールなどで100%近く利用する優れた水産物利用国であり、また、沿岸や沖合海域では漁船の操業密度が高く、沖で大規模な投棄でもしようものならすぐ誰かに通報されてしまうような国でもあることから、この推定結果の太宗を日本が占めているかのようにみえるFAOの報告には強い違和感を感じるのですが、こういう点についても、これまでFAOの活動に相当な貢献をしてきた日本としては、常に目を光らせておくべきだと思います。
EUでも海洋投棄が問題になり
「水揚げ義務」を導入
EUに戻ると、この海洋投棄の問題がEUの漁業政策にとっても無視できないものであることは1990年代から指摘されていたのですが、しばらくEUでは、関連委員会が問題を提起するものの、なかなか全体としての対応が進まず、2000年代に入ってようやく重い腰が上がり始めました。
EUでは加盟国での統一した漁業政策を進めるため、おおむね10年に1度「共通漁業政策」(CFP:Common Fisheries Policy)を策定し、その後の加盟国が進むべき方向性を提示しますが、2013年の共通漁業政策の改訂ではこの投棄問題が一気に課題として浮上しました。
しかし先にも述べたように、この問題は厳格に投棄を禁止してしまうと実際の漁業に大きな影響を与えることから、具体的対応策の策定は非常に難しいものとなり、最終的に彼らが編み出したのは、投棄を一部認めるものの、それ以外はこれを禁じ、逆に漁獲されたものの多くを水揚げするよう漁業者に義務づける「水揚げ義務」(landing obligation)なるものの導入でした。
この「水揚げ義務」では、その義務が免除されるもの(投棄してよいもの)として、(1)絶滅危惧種などそもそも漁獲が禁止されている種、(2)捕食動物によって損傷を受けた個体、(3)投棄されても「高い生残率」を示す種、(4)漁獲の際の魚種選択が困難で、その処理に不均衡なほどのコストがかかる場合の投棄(上限を漁獲量の5%までとしており、「デ・ミニミス免除」と呼ばれています)(「デ・ミニミス」とはラテン語で「些細なこと」の意)の4つのケースが許されており、これを大西洋におけるTAC種と地中海における漁獲サイズの規制種に適用することとして、2015年から2019年の間、漁業と魚種ごとに段階的に導入されていきました。
この「水揚げ義務」がどの程度の効果を持つのか、EUはその実施状況を報告するよう各国に求めていますが、現在のところ、加盟国の中には報告を行わない国もあってその効果のほどはいまだ結論が出ていない状況です。
「沖での漁獲量」と「港での水揚げ量」
両者には天と地ほどの違いがある
実は、この投棄の問題をEUのケースで勉強していた私が、上記の施策の展開を知る過程で心の底から驚いたことがありました。それが「EUでは漁獲量の管理も資源の評価もこれまで『水揚げ量』を基に行われてきた」という事実です。
当初、EU関係の文献を読んでいた私は、例えば「水揚げ義務によって共通漁業政策は史上初めて、水揚げされた漁獲物から廃棄された漁獲物を含むすべての漁獲物に焦点を移すことになった」などという文章に触れても、きっとこれは単に理念的なことを指していて、TAC(編集部注/Total Allowable Catch:総漁獲可能量)の設定やクォータの配分などは、当然、沖で「漁獲される漁獲量」を基準に行われているものだと信じ込んでいました。
しかし、文献を読み進むにつれ、EUで各国に配分されていたクォータは、実は沖での漁獲量ではなく「港に水揚げされた水揚量(landed catches)」に該当するものであることがわかったのです。
一般の方々にとって、「沖での漁獲量」と「港での水揚げ量」の違いはさしたる違いでないようにみえるでしょうが、資源管理を行う人間にとっては、この違いは天と地ほどの違いに相当します。
とくに「資源評価のためのデータ」が「投棄」を含まない水揚げ数量でしか得られないということは、そもそもの資源評価の信ぴょう性を根底からひっくり返してしまうような大問題です。
資源評価の計算で用いる「漁獲データ」は、人間がどれだけ元の資源から魚を漁獲して取り出したのか、そのすべてを示す数字でなければなりません。
この数字が基になり、資源の総量が計算され、その挙動があきらかになるのですが、なんとEUでは、これまで投棄の数量が正確に把握できず(すなわち漁獲の正しい数量がわからない)、TAC設定のもとになるICESの勧告も加盟国データに投棄量を推定した上で資源評価を行っていたというのですから驚きです。
欧州では「投棄」が違反ではなく
義務だった時代がある

『海のさかなの正しいトリセツ』 (内海和彦、日本評論社)
かつて水産庁で資源管理を担当していたとき、“北海”で操業する欧州のトロール船が、船尾から大量に魚を投棄しているドキュメンタリーを見て、「なぜ、違反として取り締まらないのか」と不思議に思ったことがあったのですが、ようやくここに来て事の次第が理解できました。欧州では、「水揚げ義務」が取り入れられるまで「投棄」は違反ではなく、一時期まではむしろ投棄が義務だった時代まであったというのです。
では、日本ではどうかというと、日本では漁業者の漁獲報告は「採捕」した魚の数量ですので、資源評価上も欧州のようなことは起こりません。いまのところは安心して資源評価の作業はできるのですが、今後、多くの魚種で数量管理が増えれば、人間の心理に洋の東西は関係ありませんから、洋上で秘密裏に投棄が行われ、資源評価や予測が誤ったものになることが心配です。